姉の部屋をノック。
「利比古だ」
「利比古だよ」
「どうしたの」
「お姉ちゃんから借りてた本、返しに来た」
「あら、そう。――面白かった?」
「ん~、難しかったかな」
「そっか、利比古には、まだ早かったか」
「ハハ…」
「でも、素直で大変よろしい。それでこそ利比古だわ」
「ほめられた」
「ほめられついでに……」
「?」
「わたしの部屋で、お話しよーよ」
× × ×
テーブルを挟んで、向かい合う。
「きれいに整頓されてるね、お姉ちゃんの部屋は」
「あたりまえでしょ」
「ぼくの部屋より――きれいだ」
「散らかってるの!? あんたの部屋」
「そ、そんなに散らかってるわけじゃないけど」
「いつでも掃除しに行ってあげるよ」
「そっ……それは、どうかな」
「え」
「……」
「もしかして、部屋を細かく見られるの、恥ずかしかったりする?」
「ん……」
「否定できないんじゃん。
……利比古も思春期ねぇ」
「な、なんにも不都合なものは、持ってないよ、ぼくは」
「不都合なもの? エロ本?」
「バカなこと言わないでよお姉ちゃん!!」
「……利比古が、どなった」
「ごめんなさい……」
「……いいのよ、『エロ本』って言ったわたしが悪かった」
「……話題を変えない?」
「そうね。」
「なんの話しようか」
「KHKの様子とか、聞かせてよ」
「KHKの様子?」
「新体制になったんでしょ? りっちゃんが引退して」
りっちゃん? …ああ、麻井先輩のことか。
お姉ちゃんは…フレンドリーだなあ。
「なったよ。新会長は、板東さん」
「なぎさちゃんになるよねー」
「板東さんか、黒柳さんかだったんだけどね」
「黒柳くんは、なぎさちゃんに引っ張られるタイプでしょう」
「……わかる?」
「1度会ったらわかるよ」
「男子についての理解が早いんだね…」
「そうかも~♫」
「…アツマさんとで、経験豊富だからか」
「う」
「もうっ、どうしてそんなこと言うのよっ」
「ごめんごめん」
「男の子の話じゃなくて、KHKの活動の話をしよーよっ」
「活動?」
「番組、作ってるんじゃないの」
「あー、作ってるよー。ボクシング部の試合を収録したり」
「……いろんなスポーツを撮(と)るのね」
「板東さんの実況付きでね」
「なぎさちゃんも、いろんなことやってるわね……」
「お姉ちゃんは――ボクシング、好き?」
「んん、あんま詳しくないかも」
「へえ、腕っぷし強いのに」
「利比古っ!!」
「――なぐったらイヤだよ」
「……この前、腕相撲で負けたこと、根に持ってるとか?」
「べつにそんなことないよ」
ふぅー、とため息ついて、姉は、
「ボクシングのことなら、アツマくんがよく知ってるよ」
「そうなんだ。
さすがお姉ちゃん。アツマさんのこと、なんでも知ってるんだね」
「……彼、むかし、ボクシングジムで、トレーニングしてたことあるのよ」
なぜか、黄昏(たそが)れるような眼で、姉は語る。
「そんな過去が。でも、どうして?」
「――じきにわかるよ、あんたにも」
「――デリケートっぽいね」
「彼にもいろいろあったの……」
× × ×
「――お姉ちゃんが言うとおり、板東さんはなんでもやるんだよ。『ランチタイムメガミックス(仮)』っていう、お昼の校内放送のパーソナリティも、毎日担当するようになったし」
「――その番組タイトルは、なんとかなんないの?」
「なんないんだ、これが」
「ラジオパーソナリティみたいなこともできるんだ、なぎさちゃん」
「面白いよ、彼女のトーク」
「――、
ところで――りっちゃんは?」
「!? な、なんで唐突に麻井先輩のこと――」
「気になるからよ。
引退したっていっても……まったくKHKに姿を見せないとか、そういうことはたぶんないんでしょ?
ほら、『偉大なるOG』的な」
「……ああ、先週、来てたね」
「やっぱり。名残惜しいんだ」
「そりゃ、そうでしょ……彼女がKHKを立ち上げたんだから」
「……りっちゃんも、波瀾万丈の高校生活だったのよねえ」
「行動力が、すごいと思うよ、彼女は」
「あんたも見習いなさいよ、利比古」
「見習えるかな…」
「尊敬してるんでしょ?」
「そりゃあ、してるよ…」
「じゃ、気持ちに応えなきゃ。
それに――」
「それに、?」
――とたんに、意味深な笑みをたたえて、
「――彼女の『想い』にも、応えなきゃね」
「お、おもい!?」
「そ。想像するの『想』のほうの、『想い』」
「わ、わかんないよぼく。『気持ち』と『想い』に、どう違いがあるの」
「あらら」
「お姉ちゃん――?」
姉は、ひたすら意味ありげな笑顔でぼくを眺めたかと思えば、
ひとことだけ、
「――ウブ。」
と言ったのだった。
× × ×
「ウブ」ってなんだろう。
なんなんだろう。
こころなしか、
ここ数ヶ月の、
麻井先輩の、ぼくに対する接しかたと、
関係があるような気がする。
麻井先輩、なんだか、ぼくに対して、ヘンだし――。
自分の部屋に戻った。
スマホを見た。
すると――、
麻井先輩から、メッセージが届いていた。
その、内容は……。