利比古の高校のOGである甲斐田しぐれちゃんが、お邸(やしき)に来てくれた。
某人気洋菓子店のケーキで、おもてなし。
「しぐれちゃん、大学生活、どう?」
「どうってことないかな。それなりに、楽しいよ」
「――英語科目とか、ハードなんだっけ」
「まあね。それなりに、ね」
「英語のことでわからないことがあったら、わたしに遠慮なく訊いちゃってよ」
「愛さんに…?」
「わたしのTOEICの点数、教えてあげよーか」
「ど、どれくらいなの!?」
点数を晒すわたし。
しぐれちゃんは眼を見開いて、
「それは……すごいね、愛さん」
すごいでしょ?
「ほんとうに、なんでもできちゃうんだな……私とは、大違い」
「へこまないのよ、しぐれちゃん。元気を出して」
「元気、か」
「がんばろうよ。わたしも背中押す」
「ありがとう。
愛さんの笑顔見てると、元気出てきた」
エヘン。
「妬けるぐらい……ステキな笑顔」
え、ええっ。
× × ×
邪魔の入らないうちに、恋バナを振ってみたくもあったのだが、お互いの家族のことを話し合う流れになった。
「しぐれちゃんのお母さんってさ」
「うん」
「意外と……背が高いよね? 写真でしか知らないんだけど」
「え、意外だったの」
「写真見せてもらうまで、小柄なイメージだった」
「へえー」
「しぐれちゃんのほうが高いけど……あまり変わらないでしょ? 背丈」
「そうだよ」
「遺伝かな」
「そうかも」
「とっても明るくて、愛情いっぱいのお母さんなんでしょ? 正直わたし、うらやましいな」
「うらやましがられちゃったか」
「うらやむよー!!」
「アハハ」
しぐれちゃん、苦笑い。
わたしがしぐれちゃんのお母さんに関して気になるのは、
「ほとんど、怒ったりしないんじゃないの?」
「私のお母さんが?」
「そー。しぐれちゃんが提供してくれた情報から推測するに」
「…。ま、当たってるといえば、当たってるね」
「? どうしてビミョーな言いかたなの」
「私だって、怒られるときは、怒られるよ」
えーっ。信じられない。
しぐれちゃんが、しぐれちゃんのお母さんに……でしょ?
写真では、あんなにニコニコしてるのに……。
「もっとも、高校2年になったぐらいからは、めったに怒られなくなったけど」
「でも、その前は……」
「頻度は低かったけどね」
「……。
どんなときに?」
しぐれちゃんは、なにかを懐かしがるような眼で、
「私が……どうしようもなくなってたときに」
「――なるほど。」
彼女は小さく笑って、
「わかってくれた?」
「うん。なんとなく」
そうよね……。
女の子って、どうしようもなくなること、多いもんね。
成長の過程で。
……これ、エロいだけの意味合いじゃなくって、
心理とか、人との関わりとか、そういうの、ひっくるめて。
それはそうと、しぐれちゃんのほっぺたが、少しだけ赤くなっている。
なにごとか思い出したのかな。
「…しぐれちゃん、あなたのお母さん、どんなふうにして怒るの」
「……それがね、ウチのお母さんは、ちょっと変わってて」
「変わってて、っていうのは?」
「――デコピンするの。しかも、笑いながら」
わ……笑いながら、体罰。
体罰といっても、デコピンにすぎないけど……。
「笑いながら、『コラ♬』って叱ると同時に、デコピン。」
「な……なんだか、かわいい怒りかたするのね、しぐれちゃんのお母さん」
「デコピンが、私のお母さんの、必殺技」
「必殺技……」
「もう大学生だし、この必殺技も、封印されちゃいそうだけど」
× × ×
アツマくんが、どこからともなく居間に侵入してきた。
割り込まないでよっ。
「面白い話してんな、おまえら」
「まさか、盗み聞き!? 盗み聞きしてたのなら、デコピンじゃ済まされないぐらい、あなたを痛めつけるわよ」
「や、声が届いてくるんだよ、おれの居た部屋まで」
「…アツマくん、いったいあなたはどこに居たっていうの」
「どこに居たって、おれの勝手だろー♪」
「…しぐれちゃん。」
「なに? どしたの、愛さん」
「わたしも、ね……。実は、何種類か『必殺技』を持っているの」
「それって」
「そうよ。アツマくんにお仕置きするためだけに使う、『必殺技』」
「――新聞紙丸めてハリセン、とか?」
「それもあるけど、それだけじゃないの」
「ほかには?」
「ほかにはねえ…」
アツマくんを眼で威嚇しながら、
今回、繰り出す必殺技を、吟味する…!