「土曜日に勉強教わりに来たのって、初めてじゃないかな。ま、入試もすぐそこだし、曜日なんかにかまってられないか」
「……」
「お~い、アカ子?」
ハッ! として気づく。
ウトウトしてたみたいだ。
寝不足なのかな。
「ご、ごめんなさい」
「眠いの?」
「数時間しか寝てないの。どうしてかというと、ハルくんの勉強のためのプリントを夜遅くまで作っていたから」
「それはご苦労さんだなぁ」
「PCのタイピングが苦手なのよ。苦労したわ」
――寝不足になるぐらい、おれのためにがんばってくれてるってわけだ。
「よーし、気合い入れて勉強するよ、おれ」
「……」
「だ、大丈夫!?」
また、ハッとなって気づくアカ子。
一瞬、寝ていたような。
「…ダメね、わたし」
「そんなこと言わないでくれよ」
「寝不足のせいで、先週みたいに、身だしなみが適当かもしれない」
「そんなことないよ」
「ほんとう?」
「ちゃんとしてるよ」
「そう……それなら……よかったの……」
ウトウトしながらしゃべっている。
寝落ちの危険性が、高まってきた。
× × ×
「眠いなら、寝ときなよ」
「そんなこと……できないわ……」
「自分で勉強、しとくからさ」
「ひとりで……だいじょうぶ……?」
「だってきみ、教えながら寝落ちしちゃいそうだから」
「……」
「ほらー、ウトウトしてる」
「……そう……それなら、あなたのことばに、甘えるわ……くれぐれも、サボらないでね……」
アカ子はフラフラとベッドまで移動し、ふわり、とベッドに身をゆだねる。
横になったとたん、寝始めた。
どんだけ夜ふかししたんだろう。
そっとしておこう。
× × ×
サッカー部で鍛えたスタミナがものをいった。
ひとりでも、はかどる。
集中力、あまり途切れない。
アカ子が手取り足取り教えてくれていたおかげで、彼女が寝ていても、問題がどんどん解ける。
ふと時計を見たら、もう11時台。
そんだけ、没頭してたってことだ。
――さて。
そろそろアカ子を起こす頃合いかもしれない。
もうすぐ、蜜柑さんが、昼ごはんができたのを知らせにくるだろう。
アカ子だって、昼ごはんを食べそこねるのは、イヤなはずだ。
「――案外食いしんぼうだからな、この子は」
スヤスヤと眠っている華奢(きゃしゃ)な身体(からだ)に目線を落としながら、ふとつぶやく。
身だしなみが雑かもしれない、とか、自分の服装を不安がっていたけど――、
バッチリ決まってんじゃんか。
女の子のファッションのことは、さっぱりわからないんだけどさ。
さすが、お嬢さま、って感じだ。
お嬢さまが、スヤスヤ眠っているのを、いつまでも眺めているのも、悪くはない――けれども、
やっぱ、悪いか。
立ち上がり、ベッドに接近し、仰向けに寝ているアカ子の顔を眺めやる。
話しかけても――起きないか。
それなら。
アカ子の左隣に、腰かける。
そして、彼女の左肩を、軽く軽ーく叩いてみる。
「ひゃあっ」
――起き上がる勢いがあまりにもよくって、こっちも少しだけビビる。
「…驚かせちゃったか」
赤面して、こっちを見るばかりの彼女。
「でも、もう、お昼どきだからさ。いつまでも眠ってると、蜜柑さんの作った料理も冷めてしまう」
彼女はうつむいて、自分のヒザのあたりに視線を下ろす。
恥ずかしいんだろうか。
「……目覚まし時計の存在を、忘れていたわ」
おもむろに、彼女は口を開いた。
「あなたのちからを借りずに起きるべきだったのに」
「しかたないさ」
まだ、うつむき気味。
「ぐっすり眠れて、よかっただろ?」
「……」
黙りこくりながらも、視線を少し上げて、勉強机のあたりに眼を留める。
すかさずおれは、
「勉強の成果、出てるでしょ」
と自画自賛する。
すると、マジメな顔つきになって、
「……まだ、足りないわ」
と、容赦なく言ってくるのだ。
「わたしがいないと……不足してしまう」
「そんなもんかなあ」
「そんなものなのよ」
「アカ子はほんと、スパルタだなあ」
「入試が迫っているんだから……サッカー部の練習より、キツくしたいぐらい」
そう言うと、やにわに立ち上がって、勉強机に身体をもたせかけ、ベッドに座るおれのほうを見てくる。
「午後からは、みっちりと教えてあげるわ」
「――よろしくお願いしますよ」
「汚名、挽回したいから――」
「アカ子、それ、間違ってるよ」
「――あっ」
「汚名は返上するもので、挽回するのは名誉だろ?」
アカ子らしくないミス。
まだ、寝起きだからか。
照れを隠すようにしながら、
「……伝達事項があるの」
伝達事項?
いきなりだな。
「あした……」
「あした?」
「……あした、ハルくんのおうちに、お邪魔させてもらいたいんだけれど」
マジかよ。
「ずいぶんと、いきなりな」
「言いそびれていたわたしも悪かったけれど……あしたは、不都合だったり、するかしら?」
「んー、不都合は、ないよ、たぶん」
たぶん。
たぶん、OKだ。
ひとつだけ――懸念材料があるんだけども。
ま、
気にしたって、しょうがないだろう。
うまくやれるはずだ。
「ごあいさつは……しておく、べきでしょう」
「だね。でも、寝坊しないでね」
「するわけないじゃないの……」
「目覚まし時計。」
「わかってるわよ」
「緊張して――寝付けなくならない?」
「寝付きのことまで心配してるの!?」
「するさ」
「どうして」
「どうしても」
「――『ぬいぐるみを抱いて寝たほうがよく眠れるんじゃないのか』って、こころのなかで思ってるんじゃないの?」
「そこまでの下心はないよ」
「下心って……あなたねぇ」