「アツマくん、アカちゃんと背くらべしたんだってね」
「うっ……」
「なによその反応。背くらべで、緊張でもしたの?」
「……」
「したのね」
「だってよぉ……」
「緊張する必要もないと思うんだけど」
「いきなりだったし……」
「あのね。
アカちゃん、お兄さんみたいな存在がほしいときもあるんだって」
「それは……彼女も、言ってた」
「言われたのなら、お兄さん役になってあげるべきでしょ、なおさら!」
「んんっ……」
「どうしてアカちゃんのためにもっとがんばれないの!?」
「そう言われたって……」
「まあ、それはそうとして」
と言ったかと思うと、
愛は、おれの正面に立ち、
「わたしたちも――背くらべ、してみよっか」
「なぜに」
「いままで、背くらべとか、したことなかったじゃない――長い付き合いにもかかわらず」
「――そもそも、背くらべって、向き合ってやるものなんか」
「なによっ。アカちゃんとは、向き合って背の高さを比較したんでしょう!?」
「…そうだが」
「じゃあ同じようにしようよ」
そして、おれの頭頂部のあたりをじ~~~~~っと見上げる愛。
「こうして見ると、高いね、アツマくん」
「…そうですか」
「わたしが低いんじゃなくて、アツマくんが高いんだ」
愛は、160.5センチ、だったっけか。
たしかに、特別低くはない。
……問題は、愛が、どんどんおれに向かって近寄ってるという、いまの状況だ。
「おいおい、背くらべ、関係なくなってないか?」
「そうかも」
これ以上近づけないという距離まで近づき、
おれの眼を見てくる。
「――ドキドキしてるでしょ、アツマくん」
うるせぇよおい。
「わたしは――満足」
なにがだよ。
× × ×
祝日返上でアルバイトだった。
その代わり、あしたは休みにしてもらった。
なぜなら――、
「いよいよあしたが……おまえの合格発表なんだな」
「そうだけど?」
「なんだよ、他人事みたいに。おまえの人生がかかってんだぞ」
「あなたはいつも大げさねぇ」
「おれ、あした、ずっと邸(いえ)にいるから」
「いっしょに合格発表を待つってこと?」
「そうだ――母さんとも、いっしょにな」
「明日美子さんも――いてくれるんだ」
「そりゃそーだろ」
「……」
「お、おい」
「わたしが、この邸(いえ)に来てから……4年半、ってところだけど。
明日美子さんは……いつもそばに、いてくれた」
「なんだあ? 急にしみじみと」
「そんなに、センチメンタル? いまのわたし」
「だって回想モードに入りかけてるだろ」
「――長々と『これまでの歩み』を振り返るつもりなんて、ないよ」
やにわにベッドから立ち上がり、
「お風呂――入っちゃおっと」
そう言って、おれの部屋から、愛は出ていった。
× × ×
その夜。
おれは……なかなか寝付けなかった。
運動会や遠足の前日なわけじゃない。
そういった楽しいイベントとは、性質が違うのが、合格発表だ。
おれの合格発表じゃなくて、愛の合格発表なのに。
なんでこんなテンパってんだ。
なあ?
おい!
愛の、合格発表なんだぞ。
愛の。
愛の……。
もしかして、
あいつの合格発表……『だから』なのか?
身体(からだ)が、むずむずする。
とても落ち着いて寝てられない。
そうだ……。
いまごろ愛は、どう過ごしているんだろうか。
× × ×
あんがい、早めに寝入っているかもしれない。
ノックに反応がなかったら、大人しく引き下がるつもりだった。
テンパり気味に、ドアを何回か叩く。
そしたら、『ガチャリ』という音が、耳に入ってきた。
「どしたのー?」
呑気(のんき)な顔、しやがって。
「…起きてたか」
「うん。起きてた」
「あのさあ…」
「なにー?」
「恥ずかしいんだけど、さ……」
「ん?」
「眠れなくって……おれ」
愛が声を出して笑い出した。
しばらく爆笑に浸(ひた)っていたかと思うと、
「ど、ど、どんだけ、心配性なのっ、あなた」
これ以上ないくらい可笑(おか)しそうに、言ってくるのだ。
「不眠は切実な問題だろーがっ」
「無理に、そんなことばで、恥ずかしさを隠そうとしなくったって」
「っるさい」
わかったわかった…という勢いで、愛はおれの手首をつかみ、部屋に引き入れる。
× × ×
「アツマくん、いっしょに寝ようか?」
は!?
「アツマくんとふたりでもだいじょーぶだよ、このベッド」
「愛、わかるよな……? そういう問題じゃないって」
「たぶん、いまのアツマくんは、ひとりだと朝まで眠れないよ。わたしといっしょに寝たほうがいいって」
「……床で寝る、って選択肢は、存在しないんか」
「『わたしの部屋に居続けたい』っていう気持ちは、否定しないんだ」
……うまくリアクションを返せない。
「ベッドのほうが、グッスリだよ、絶対」
「愛……、
放送コードって、わかるか?」
「わかるよ?」
「なら、もっと、わきまえたっていいだろが」
「……」
「わきまえろ。
な?」
「……床で寝ると、からだが痛くなるかもよ」
往生際の……最悪さ。
「おまえのベッドに入らされるほうが、よっぽど不都合だっ!」
む~~~っとした表情で、
床にあぐらをかいているおれの左隣に、にじり寄ってきて、
「そういう、不必要にマジメなところ……わたしはもう少しなんとかしてほしい」
そう言いつつも、肩をくっつけて、寄り添ってくる。
――やがて、その体勢のまま、眠そうにしてくる愛。
睡魔に負けてしまったのか、いつの間にか、寝息が聞こえてくる。
ったく。
愛のからだを持ち上げて、ベッドに運び、寝かせる。
軽かった。
すやすや眠る愛を、横から眺める。
なんにもするつもりなんかない。
眺めるだけ。
思わず、こう、つぶやいた――、
「こいつの髪……ほんと長いな」