土曜午前のリビング。
おれの向かい側のソファには、さやかさん。
シリアスにうつむきながら、ソファに座っているさやかさん。
どうしたというのか。
「さやかさん。きみ、さっき邸(いえ)に入ってきたとき、『お話があるんです』って言ったよね?」
「……はい」
「それで、おれはきみの話を聴くために、こうやってきみとマンツーマンになっているわけなんだが」
「……はい」
「なんの話なんだ?」
「……」
「言ってごらんよ。縮こまってないで、さ」
「…………あのっ」
心持ち目線を上げつつ、彼女はこう言った。
「1日限定でいいので…………わっ、わたしを、アツマさんの、妹にしてくださいっ」
おおっとお!?
――つい先日。
つい先日、アカ子さんの頼みで、アカ子さんと『兄妹ごっこ』をしたばかりだというのに。
こんどは、さやかさんかよ。
「…動機は、なにかな」
とりあえず、訊いておく。
さやかさんはこう答える。
「わたし、わたしの兄さんと……ケンカしちゃったんですっ」
マジかよ。
「意外だな。仲がいいんだろ? 兄さんと」
「はい。だけど……しちゃったんです、ケンカ」
「さやかさん――詳しく。」
× × ×
「なるほどねえ」
「……」
「ケンカ両成敗の原則が適用されそうなケースだが」
「……」
「どちらにより非があるのかで言えば――さやかさん、きみのほうだと思うよ」
シュンとするさやかさん。
「だが――おれにすがりたい、という気持ちもわからんでもない」
「アツマさん……。じゃあ、わたし、妹になっても、いいんですね!?」
「ああ。いいぞ。きょうだけだ」
さやかさん、うれし恥ずかしの混じり顔である。
……おれは考えた。
アカ子さんとのときは、終始主導権を妹役のアカ子さんのほうに握られていた、のだが。
ここはひとつ――、
『攻め』に転じてみるか。
アカ子さんとのときとは、真逆に。
「さやかさん、」
「は、はいっ」
「おれが、きみの兄になるのならば――」
「……はい、」
「呼び捨てで行かせてもらう」
「え、ええっと、それは……つまり」
「きょうこれから、さやか『さん』じゃなく、『さやか』と呼ばせてもらおうか」
「……!」
「なにをビックリしているんだ?
きみの兄さんだって、常時呼び捨てなんだろ?
きみの兄さんの代わりにおれが兄さんになるんだから、『さやか』って呼び捨てにするのは当たり前だろ」
「だ、だったら……わたしは、アツマさんのことを、どう呼べば」
「決まってるだろ。『兄さん』って呼ぶんだよ」
「……」
「なぜ、うろたえる? それが、自然だろ??」
「……」
「おれを『兄さん』って呼ぶ勇気もないのなら、兄さん役になってあげないぞ」
「……」
「おれがルールだ。なんたって、『兄さん』なんだからな」
おれの勢いに、さやかさんは防戦一方だ。
ホントの兄さんと彼女を仲直りさせるためには、少々荒っぽくても、こういうふうに接したほうがいい――これが、おれの考えだった。
さらに、押し続けていく。
「さやか。あんまり黙りっぱなしだと、怒っちゃうぞ? おれ」
「え、え、えっ。――いま、わたしのこと、『さやか』、って」
「ああ。もうすでに、おれと『おまえ』は、兄妹だ」
……うろたえてんなあ。
どちらかというと、普段のさやかさんは、クールでサバサバしてるといった印象なんだが。
おれの勢いに圧倒されて、小さくなっている。
さやかさんがさやかさんじゃないかのように……弱々(よわよわ)だ。
ショック療法、みたいになってきたが。
まだ、おれのターンは終わらない。
スッと立ち上がる。
そして、
「さやか、立ってくれ」
と促す。
言われるがままに、彼女は立ち上がる。
彼女にどんどん近づいていく。
そして、彼女の顔に、じっくりと視線を当てる。
向かい合い。
163センチ…だったかな、彼女の身長。
おれのほうが15センチほど高い。
だから、おれが彼女を見下ろす格好になる。
至近距離で見つめられた、さやかさん。
どんどんどんどん幼さを増していく。
「――どうしようもない、って顔してんなあ」
焦りと戸惑いの彼女。
「なんで、そんな無口になる? おれに気兼ねしてるってか?? ……よくないなあ、さやか」
ここで、『だって……』という小さな彼女のつぶやき。
「なんだよ、小声で。聴こえるように言ってくれよ」
もちろん、ほんとうはバッチリと聴こえている。
あえて、イジワルになっているのだ…。
「なあ、頼むよ、さやか。ちゃんとおれの眼を見て、ちゃんと声を出してしゃべってくれ」
ふるふる…と小さく首を振ってしまう彼女。
しょうがねーなー。
『妹にしてください』って、言ったクセに…。
かくなるうえは。
「…どこに行っちまったんかなあ。いつもの勢いは」
「……い、いきおい、って……なんですか??」
「コラ。おれは『兄さん』なんだから、敬語は使わない」
そう叱って、おもむろに、
彼女の頭に、ぽん、と右手を置いてみる。
たちまちカーッと赤くなる、彼女の顔。
「さやか。もっとこころを開いてくれや。兄さんのおれだって、調子狂っちゃうぜよ」
少しだけ、『やり過ぎかな…』と思いつつも、
兄さん役になりきって……攻めの立場で、『さやか』に接していく。