お邸(やしき)に、『帰省』する日――。
× × ×
真っ先に出迎えてくれたのは利比古だった。
「久しぶりっ、利比古」
わたしはわたしの弟を抱きしめる。
抱きしめてから、可愛い弟の頭を手のひらでポンポン、と2回叩く。
「ごめんね利比古。帰ってくるのが連休後半にずれ込んじゃって」
利比古は、
「正直……お姉ちゃんのワガママがまた発動した、って思った」
と言うも、
「だけど、いまはあんまり気にしてない」
と、すかさずフォローしてくれる。
「お姉ちゃんにも、いろいろあるんだよね?」
…少し曖昧な、利比古のそんな問いかけ。
「いろいろあるんだよね?」と言われて、ドキッとする。
さとられないように、
「さ、さすがに、弟だけあって、良くわかってるのね」
と取り繕う。
いつの間にか、利比古の背後に、アツマくん。
利比古に気を取られすぎていたのかしら。
それにしても……アツマくん、ムスーーッとした顔。
わたしは、戸惑いぎみに、
「た、ただいま、アツマくん」
と声かけ。
「おかえり」
彼は、言ってくれたけれど……視線が、わたしから逸れている気がしてならない。
× × ×
お邸(やしき)メンバーとのやり取りも一段落。
わたしはいま、アツマくんのお部屋。
チラチラと、アツマくんの様子をうかがいながら、水泳雑誌『スイマーズ』の今月号のページをめくる。
…『スイマーズ』の記事の文章を読むのも辛くなって、雑誌を閉じ、
「アツマくん……あなたも、読む?」
と訊く。
「……それを?」
「これを。」
わたしではなく、スマートフォンを見つめて、
「遠慮しとく。好きなところに置いといてくれ」
と投げやりに言う、彼。
微妙な空気を感じ取りながら……『スイマーズ』をテーブルに置く。
スマートフォンから離れたと思ったら、今度は、週刊ヤングマガジンを読み始めた。
手持ち無沙汰になったから、彼の本棚を眺めて、時間を潰そうとする。
少しだけレベルアップした本のラインナップ。
…彼の読書力が成長しているのはいい。
いいこと、なんだけれど。
そんなことよりも。
どうして、わたしと彼……こんなに、気まずくなっちゃってるんだろ。
この前、電話でギクシャクしちゃったことが、ぶり返す。
記憶のぶり返しで、気まずさが増していく。
本棚から彼のいるベッドに振り返る挙動も、おそるおそる……といった感じになる。
わたしの視界にふたたび入ってきた彼は、ヤングマガジンをアイマスク代わりにして顔に被せ、ベッドに寝転んでいた。
どうしよう。
現状打破、を、目指さないと。
アツマくんと、よりを戻したい。
気まずい空気から抜け出して、ギクシャクになった関係を元通りにさせたい。
好きだから、なんとかしたい。
どうにもならないわけじゃ、ないんだから。
仲直り。
そのためには、勇気。
すぅっ……と、息を吸って、
「――アツマくん」
と、呼びかける。
そして、
「――遊ぼうよ」
と言って、それから、
「わたしと遊んで。いっしょの部屋に、居られるんだから――連休中は」
それからそれから、
「しりとり、とか――どうかな? ほら、わたしとあなたで、よくやってたじゃない」
しりとり、なら、なんの道具も要らないし、アツマくんが寝転びのままでも、できる。
そう思っての、わたしの、ささやかな提案。
……でも。
「しりとりしたって、なんにもならんだろ。」
返ってきたのは……冷たいことばだった。
寒い日の、屋外の、温水じゃないプールみたいな……そんな冷たさ。
「じゃ、じゃあ、腕相撲、とか!? ど…どうせ、アツマくんにねじ伏せられちゃうのかもしれないけど」
寒気とともに言うわたしに、
「気分が乗らん」
と、彼は、吐き捨てるように。
「き……気分が乗らないのなら……庭に出て、キャッチボールで、気分転換っていうのは」
苦し紛れだった。
苦し紛れにすぎなくて、拒まれるのは明らかだった。
「ばーか。からだを動かしたいように見えるか? いまのおれが」
返ってくる、最悪のことば。
『そんなこと言わないでよ、ぜんぜんアツマくんらしくないじゃないの』
『バカなのは、あなたのほうでしょ!?』
言えない。
言えるわけがない。
強気な罵倒の気力なんか、湧いてくるわけがない。
気力が、萎え果てる。
入れ代わりに、悲しみが、どんどんこみ上げる。
だけど……泣けない。
悲しいのに、泣けない。
わたしが涙顔になったら……アツマくんが態度を変えてくれるかもしれないのに。
状況を変えられるかもしれないのに。
こみ上げるのは……むなしい悲しさだけ。