「加賀くん」
将棋盤とにらめっこしている加賀くんに、声をかけた。
でも返事がない。
将棋の世界に、閉じこもってるみたいだ。
「加賀くーん」
再度、声をかけてみる。
でも、反応してくれない…。
「加賀くんってば!」
三度目の、正直。
声を張り上げたので、さすがに気がついたみたいだ。
「…どうしたんだよ」
怪訝そうな眼で見てくる加賀くんだったが、
「わたし、3回もキミの名前を呼んだんだけどな」
と、たしなめるように、言ってみる。
「なんか用か」
「なんか用か、じゃないよっ」
手招きの仕草をするわたし。
「なんだよ……わざわざそっちに来いってか。
お説教か?」
「違うよ」
「お説教じゃなきゃ、なんなんだよ、いったい」
「早く来てよ」
この上なく面倒くさそうに立ち上がる加賀くん。
わたしのもとに、やってくる。
「――加賀くんにプレゼントがあります」
「プレゼント?」
「――そんなに疑り深い顔しなくてもいいのに」
「してねぇよ」
「ふ~ん」
「……」
「きのうは、なんの日だった?」
「バレンタインデー……」
「うん、そうだよね」
「きょうは違うだろ。もう終わったことだろ、バレンタインは」
「甘い」
「は!?」
「甘すぎ」
かばんをまさぐって、チョコが入った袋を取り出す。
「あいにく、将棋の駒の形に作る技術は、わたしにはなかったけど」
「……くれんの?」
「キミにあげないと、フェアじゃないでしょ」
「フェアじゃない、って」
「とにかく! 黙って受け取って」
黙って受け取る加賀くん。
受け取った袋を、まじまじと見つめていたと思ったら、いきなり、
「――いま食っていいか?」
…なんでよ。
「なんでよ」
「その……正直、家に持ち帰りたくないし」
あのねー。
「持ち帰ったら、不都合があるっていうわけ?」
「……そうともいう」
どっちつかずの態度。
良くないっ。
「わかったー。
お母さんに……見つかるのが、コワいんでしょ」
「……そうともいう」
「加賀くん、高校1年生だよね? 中学1年生じゃないよね?」
「なにが言いたい」
「お母さんにチョコが見つかって恥ずかしがる年齢でもないでしょ」
「……っるさいっ」
顔をそむけて、チョコをバクバク食べ始めてしまった。
わたしは、不満。
× × ×
「……あ、お母さん?
きょうの晩ごはん、わたし、食べて帰るから。
よろしくね」
× × ×
――腹いせに向かった先は、『笹島飯店』。
「月曜の夜に来るなんて珍しいね。しかも、あすかちゃんひとりで」
お冷やを置きつつ、マオさんが言う。
わたしは――、
「ムカつくことがあったんです」
「ふぅん?」
「――とりあえず、ラーメンとギョウザを」
× × ×
だめだ。
満たされない。
カロリーオーバーなのは、わかっていても。
「マオさん」
「お冷や?」
「違うんです」
「え」
「追加で……チャーハンをください」
「えっ」
× × ×
チャーハンを持ってくるマオさん。
『こりゃ、よっぽどなにかあったんだわ……』という顔つき。
「……あすかちゃん」
「お代はちゃんと払いますんで」
「……そうじゃなくってね」
「はい」
「そのチャーハン、食べたらさ、
わたしと少し……お話しようよ」
「――そのつもりでした」
「エッ」
× × ×
「もらったばかりのバレンタインチョコを、その場で全部食べてしまう男の子が、地球上のどこにいるっていうんですか。
しかも、手作りだったのに!!
あんな目に遭(あ)ったら、女の子はだれだってヤケ食いしたくなりますよ!!
そう思いません!? ――マオさん」
「ヤケ食いは……どうかな」
苦笑するばかりの、マオさん。
マオさんの部屋にお邪魔している。
途中でお店を抜けても大丈夫だったらしい。
なにがあったか、話してごらん……と。
「さいきん、男子にフラストレーション感じることが多いんです。
とくに、学校の男子!」
「加賀くん以外にも?」
「――となりの席の、児島くん」
「ほぉ」
「チャラいし、無責任だし、頭悪いし、それに……」
……具体例を交えながら、児島くんがいかに悪質かを、ひたすら説明していたら――ちょっと、疲れた。
「そのへんにしとこうよ」
聞き役に徹しているマオさんに、なだめられる。
「悪口ばかり言うのも、アレだけど――、でも、グチらなきゃ、気が済まないんだよね」
わたしは首を縦に振る。
「……加賀くんと児島くんで、グチは終わらなくて」
「――まだディスりたい男子がいるの?」
「いるんです。
ミヤジ……宮島くんだから、『ミヤジ』なんですけど、彼の文章力が、最悪」
「文章力??」
「最悪、は、言い過ぎかもしれないけど――校内スポーツ新聞にコラムを書いてくれたのは助かるんですけど、肝心の文章が」
「ヘタなの??」
「ヘタな文章なら、まだいいんです。『文法』がおかしいんですよ、ミヤジの文章!!」
「日本語になっていない、ってこと?」
「マオさんは理解が早くて頼もしいです。――ミヤジの文法の誤りを直すだけで、どれだけ時間がかかったか!!」
「――ま、日本語書くのがヘタな男の子だって、たくさんいるもんだよ」
「あきらめるしか、ないんでしょうか……」
「ん~」
なにかを思い出したような表情になって、おもむろに、
「ソースケは――違ったよね」
と、中村『名誉部長』の名前を出してくるマオさん。
たしかに、そうなのだ。
中村さんは、違うのだ。
「中村さんは――違いました。彼の書く日本語は、男子とは思えないほど、ちゃんとしていました」
「なにが違うんだろうね」
「わたしの兄も見習ってほしいぐらい――ちゃんとした文章を書いてましたよ」
「そこでアツマさんを引き合いに出さなくても」
マオさんは苦笑するのだが、
「――中村さんの能力を、もっと認めてあげてください。マオさん」
「能力を、認める――」
「だって、」
「だって……?」
「好きなんでしょ?」
「……唐突。あすかちゃん」
× × ×
「いけない! ソースケにきょうまだ電話してなかったっ」
「いま、かけてみれば」
「えぇ……いまは、ちょっと」
「どうしてですか」
「ほら……あすかちゃん……部屋に、いるじゃん?」
「あーっ」
「どうしよっかなあ……」
「押入れに隠れてましょうか? わたし」
「じゃあ、電話のあいだ、わたしはお店の手伝いを――」
「それもダメ」
「――労働基準法的な?」
「そうじゃないけど、ダメッ」
「バイト代とかべつに要りませんよ」
「なおさら、ダメッ! タダ働きなんて、お姉さん許さない」
「……厳しい姉だ。」