なぎさが、甲斐田とツーショットの記念写真を撮ってくれた。
「ありがとね、なぎさ」
言う甲斐田に、
「感慨深いです、こんな写真を撮れる日が来るなんて」
「そうだね、私と麻井、1年前とか、いまと真反対の仲だったもんね」
「仲直りしてくれて、うれしいです」
お互いを見合って――アタシと甲斐田は、微笑み合う。
× × ×
お互いが、卒業証書が入った筒を、手に持っている。
なぎさは去っていった。
甲斐田と、ふたりきりにさせてくれたんだろう。
「国立の入試の結果は……まだか」
アタシの受験の行く末を気にする甲斐田。
「まだ」
とアタシは答えつつも、
「そんなことよりもさ。
兄さんが……」
「麻井の……お兄さんが、?」
「兄さんが……専門学校に、通うって」
「へーっ、いいことじゃないの、それ!!」
すごい勢いでよろこんでくれる甲斐田。
まぁ、アタシの家庭事情……深刻だったし。
「ゲームが作りたいらしくて」
「前向きになったんじゃん、お兄さん」
「うん、やっと――外に出られるよ」
よかったよかった……と、甲斐田はひとりで勝手にうなずいている。
麻井家が、少しでもいい方向に変わり始めているのは、
甲斐田のおかげでもあるし、
それに……羽田利比古のおかげでもあるし。
「――ねえ麻井」
「うん」
「まだ、行くところ、あるんでしょ」
「ある」
「――利比古くん、待たせちゃダメだよ」
「わかってる」
「――、
がんばってね!」
「……余計だよ」
× × ×
気恥ずかしかった。
甲斐田に後押しされて。
旧校舎。
年季の入った噴水のへりに、
アイツが――羽田が、腰かけている。
真ん前に、小柄なアタシのからだを立ちはだからせて、
「こらっ、下向きになってんじゃない」
と、叱る。
「座らないんですか……先輩は」
「アンタのとなりは、この前の東海道線で……座ったから」
「……」
若干照れくさくなりながらも、
「この前の、お詫びをする前に――立って、羽田」
すぐに、素直に、羽田は立ち上がった。
「えーーっと……」
恥ずかしさで、時間稼ぎをして、
ようやく、言い始めることができた。
「……日曜日は、泣いちゃってゴメン。
女子小学生みたいだったよね、アタシ。
ひたすらアンタに、わがままを押し付けて。
平塚駅で、公衆の面前で、気が動転して――。
泣き落とし、とか、そういうつもりはゼロだった。
ただ……。
アンタに『拒絶された』と完全に思い込んじゃって、感情が爆発しちゃって。
あのあと、ずいぶん迷惑かけた、
アタシのほうが…先輩なのに」
少し、間(ま)があって――、
「麻井先輩、
はっきりと、答えてほしいんですけど」
「――答える」
「卒業で、ぼくと離れ離れになるのが――つらいんですか」
「つらい。つらいよ」
「――帰ったあと、ぼくもいろいろ考えたんです。
なにを、かというと、麻井先輩の気持ちを、です」
伝わったのか。
少しぐらいは。
アタシの、想い。
「ぼくに対する、先輩の行動原理が、なにに支えられているのかってことを、考え始めて。でも、考えは、簡単には、まとまらず――」
「ちょっと待って。」
羽田を制して、
アタシは、
「ちゃんと言わせて……アタシに」
「先輩……」
「ちゃんと、言わせてよ。
平塚駅で、泣きじゃくったのも、
アンタが好きすぎて――あんなふうになっちゃったんだ、ってこと。
アタシ、羽田のこと、好きになっちゃってる。
恋愛感情、持ってる。アンタに。
いま、ここで、言わないと、永遠に言えないから……告白する」
グラリ、と羽田がたじろぐ。
「――うまく告白できなくてごめんね。
古い話だけど――、中学のとき、好きになったひとに告白したときも、あんまりうまくできなくて、あんまりうまくいかなかった。
先輩後輩とか、上下関係とか関係なしに――、
羽田、アンタと会って、アンタといると、胸が熱くなる」
ささやかな、沈黙。
噴水も、音をたてず。
「――で、
こっから、『つきあってください』とかお願いするのが、定番の流れになるんだろうけど」
「……つきあいたいんですか」
「意外。羽田がそう言ってくるなんて」
「ぼくだって……あいまいのままはイヤで。きちんと気持ちを確認したくて」
「……そっか。
健気(けなげ)だね。
あのね、
いちばん大事なこと言うけど、
好き、って言ったけど……、
アンタとつきあうつもりとか、そういうのは、ない」
「……どうしてですか?」
「ずるずる引きずっちゃうと……羽田を困らせるから。
アタシだって、きちんとしたいし、キッパリとけじめつけたいし」
「それ……、あきらめる、ってことですか」
「違う、
ちょっと違う」
「……わかりません」
「――わかんなくても、いいから、
『気持ち』を、受け取って、羽田。
『気持ち』を、アンタのこころの隅っこに置かせて。
『気持ち』、を届けて――アタシはこの場所から卒業する」
「……先輩。
こんど、先輩と会えるのは……いつですか」
「距離を取らせて。
時間も、ちょうだい」
「先輩……。」
「自分で、納得がいくまで――アンタには、会わないつもり」
「納得――ですか」
「待ってて。
いつか。
いつか、きっと、またアンタと関わるときが、来るだろうから。
何年後かは、わかんないけど……、
また、関わらせてほしい。
だから――さよなら。
――もう一度、未練がましく、言わせて?
好きだよ、羽田。
好きだから――しばらく、さよなら」