【愛の◯◯】いつの間にか羽田(アイツ)が恋しい

 

すべり止めの私立大学の入試が終わって、駅に向かって歩いていた。

すると、

知った顔が、眼に飛び込んできた。

そのオトコは、手持ち無沙汰であるかのように、通りに佇(たたず)んでいる。

いつもの腕まくりの学ランじゃない。

学生帽もかぶっていない。

私服だ。

 

とりあえず、

「こらっ」

と声をかけてみる。

「こんなとこで立ちんぼはよしなよ」

反応が薄い。

「……聞いてんの? 篠崎」

ようやく、アタシの存在に気づいたかのように、

「あ、ああ、麻井か」

もうちょいビックリするもんじゃないの。

こんな偶然の出会い、なかなかないと思うんだけど。

変なの。

「奇遇だな」

挨拶代わりの常套句を篠崎は言った。

う~ん……。

「……なんかいつもと違うね、アンタ」

調子、狂っちゃう。

「どこも変わってないぞ、俺は」

無理するみたいに笑って篠崎は否定するが、

「否定したってムダだよ。まず、服が違うじゃん。学ランじゃなくて私服じゃん」

「……そういえば、そうだった」

おいおい。

「アンタ、自分のことが自分でわかってないんじゃないの!?

 重症だね」

 

× × ×

 

とりあえず、篠崎を比較的人気(ひとけ)の少ないところに移動させた。

湯島聖堂にも、秋葉原の電気街にもほど近い某所の階段に、ふたりして腰かける。

 

「――アンタも入試受けてたの?」

「受けてない」

「じゃ、なにしてたわけ」

「赤門を――見に行っていた」

 

は??

 

「赤門って――本郷でしょ。なんで御茶ノ水に来てるわけ」

「考え事にふけりながら歩いていて――気がつくと、御茶ノ水だった」

 

――大丈夫じゃないよ、コイツ。

ちゃんと家まで帰れるのかな。

 

篠崎が共通試験でしくじったことは、すでにアタシの耳にも入っていた。

赤門を見に行ったことと、因果関係がないわけがない。

 

「……アンタの行動原理は理解できないし、『気持ちはわかる』なんて言うつもりもない」

「……ああ」

「どんだけ東大に未練があるのか、って話」

「ああ……」

「すっぱり、あきらめればいいのに」

「まあな……」

篠崎の適当な相づちにムカムカしてきたので、

「こんな時期に赤門を見に行くなんて、まるで『赤門フェチ』だよ。正直、気持ち悪い」

と罵倒する。

「ま、アンタは普段から、わりとキモいんだけどさ。

 それでも、東大に粘着する気持ち悪さと比べたら、まだ、マシだったよ」

まだ、腹の虫がおさまらなかったので、

「なんで、さっさと切り換えられないわけ?」

と、説教くさく、言ってみる。

「甲斐田はとっくに立ち直ったよ」

アンタもとっとと甲斐田に追いつきなさいよ……という気持ちを込めたことばだった。

『甲斐田』という名前に反応したかのごとく、篠崎が目線を少しだけ上げた。

そして、

「甲斐田か……」

と、つぶやくように言ったかと思うと、

「麻井、おまえは――」

 

突拍子もなく、篠崎が顔を見てきたから、

少しだけアタシはドキリ、となる。

 

「おまえは――、甲斐田の支えになるべきだと思う」

 

なにを言ってるの。

自分のことを棚上げしてまで、

『アタシが甲斐田の支えになれ』なんて、いきなり――。

 

「卒業してからも、甲斐田の面倒、見てやってくれ」

「あっ、あたりまえでしょ、親友なんだから」

 

立ち上がって、遠くを見るように、篠崎は、

 

「女同士の友情は――尊い

 

こっちが恥ずかしくなってくるような『決めゼリフ』を言ってくる。

 

「もう帰る」

「……ちゃんと帰れるの? アンタ」

「電車賃なら足りてる」

「そういうことじゃなくって……」

 

階段を何段か下りて、

こちらを振り向かずに、篠崎は、

「麻井の言ったことは、ぜんぶ受け止める。

 受け止めて、考えたうえで、自分でなんとかする。

 ――前向きにな」

真剣な口調で、そう言った。

「それと――、」

その場に立ったまま、

「くれぐれも……甲斐田のことは、よろしく頼んだ」

そう念を押して、右手を軽く上げた。

 

その右手が、『じゃあな』の挨拶代わり。

篠崎は歩き始め、アタシからどんどん遠ざかっていく。

 

 

× × ×

 

なんであんなこと言ってきたんだろう。

 

甲斐田のことが、そんなに気がかりなのかな。

 

純粋な善意で――甲斐田をアタシに託そうとしたんだろうか。

 

だとしたら、篠崎は案外、いいヤツってことだ。

 

キモいだけじゃなくって、ウザいだけじゃなくって。

 

――オトコとしては、論外だけど。

 

あんなオトコがタイプな女子がいたなら、見てみたい。

 

確実に――アイツは、彼女いない歴、18年。

 

アタシのタイプとは、まるで正反対。

 

アタシのタイプ、っていうのは――、

 

 

「あ、あれっ」

 

 

弾みで声が出てしまった。

電車の中なのに。

よかった。

となりの乗客は、居眠りして気づいていない。

 

次が新宿駅だった。

乗り換えに失敗せずに済んで、よかった。

もう少し考え事が長引いていたら、危ないところだった。

 

なんで――、

唐突に、羽田が、思い浮かんだんだろう。

篠崎がタイプじゃない云々から、思考があらぬ方向に行ってしまった。

羽田を思い浮かべたせいで、電車の中で声が出た。

羽田を思い浮かべたおかげで、新宿を素通りせずに済んだ、とも言えるけれど。

 

 

× × ×

 

そうだよ。

羽田は篠崎と正反対で。

正反対だから、つまりは、ドンピシャ、ってこと。

 

「でも……よりによって、電車内で連想しなくたっていいでしょっ」

 

帰宅後、

部屋のベッドにうつぶせになって、

自分で自分を叱りつける。

 

「いくら、2月に入ってから羽田に会えてないからって」

 

思わず、声に出して、言ってしまう……。

 

【第2放送室】に行って、

そこに羽田がいることの、

ありがたみ。

 

こんなに、さびしいなんて。

 

羽田に、会いたい。

 

もっと羽田と、かかわっていたい。

 

 

――あと少ししたら、卒業で、お別れで、

できない相談みたく、なっちゃうんだけど――。

 

それでも、かかわれる限り、かかわりたい。

 

 

羽田が恋しくて、

ベッドの掛け布団を、ぎゅっ、と握りしめる。