「きょうは、ひな祭りね」
「ああ。過激な替え歌があることで有名だな」
「……」
「ん? どした愛」
「アツマくん……あなたはそういう『遠慮のなさ』を、治したほうがいいと思うわよ」
「?」
「どうして、ひな祭りを、すぐに『過激な替え歌』と結びつけるの、ねぇ!」
「どうして、と言われても」
「そんなに日本全国のひな祭りを台無しにしたいの!?」
「愛……朝から血圧高いぞ」
この邸(いえ)では――、
こんな朝が、しばしばなのである。
× × ×
愛が、高校を卒業した。
正確には、中高一貫の女子校、か。
――ともかく、長い春休みに突入したのである。
おれも春休みだから、邸(いえ)でいっしょにいる機会が、増える。
たとえば、バイトのない平日の昼間、
愛がいてくれて、退屈しないのは、いい。
いいんだが、
反面、振り回されそうで、怖い……。
あいにく、きょうはバイトが休み。
× × ×
「ねえ、ちょっとわたしにつきあってよ」
ほら来た。
「バイトもなくて、時間があり余ってるでしょ」
「おれは、これから、室内トレーニングでも…と」
「外に出たほうがトレーニングになるわよっ」
「どこ行くつもりだ」
「世界でいちばん楽しいお店」
「はぁ??」
「――本屋さんよっ」
× × ×
都心の大型書店に行くのにつきあわされた。
哲学や宗教学関係の本が見たい……と愛は言う。
『予習よ』とのことだった。
大学に入ったら、哲学専攻なので、いまの時点から、自分の専攻に関係する本を読んで、予習しておきたい……というわけなんだろう。
真面目だな。
学問に関しては、誠実だ。
学問に関しては。
「この時間帯に京王線に乗るのって、なんだか、新鮮」
「そうか?」
「そうよ」
「まぁ……これまでは、学校で授業受けてる時間帯だったわけだしな」
「そういうこと」
となりに座る私服姿の愛をチラッと見て、
「おまえさ……。
もう……、女子高生じゃ、ないんだよな」
言われた愛は、キョトーンとして、
「意味不明」
「いや……、つい」
「電車のなかでそんなこと言わないでよ」
「……ごもっともだ」
月日の、流れ――。
× × ×
「せっかく、池袋の某ジュンク堂に来たんだから、
アツマくんも、なにか1冊買いなさいよ。
あ~、電車のなかで不可解なこと言ってたから、
ペナルティとして、1冊じゃなくて2冊買うといいわ」
「命令?」
「2冊買うお金ぐらい持ってるでしょ」
「んぐ……」
「持ってるのね」
「お、おまえは何冊買うつもりか」
「どーしよっかな♫
――2冊。
2冊買えば、あなたとお揃(そろ)い♫」
「お揃いってなんじゃいな、冊数がおれと同じってだけだろ」
「アツマくん」
「なんだよ…」
「…マンガ買っちゃダメよ」
けっきょく……、
愛は、ハードカバーの本を、3冊買った。
× × ×
帰宅。
まだ午後の2時にもなっていない。
部屋の勉強机に、ジュンク堂で買った2冊を置く。
肉体労働したわけでもないのに、疲れた。
愛が言ったとおり――室内でトレーニングするよりもトレーニング的な外出だったわけだが、
疲労で、買った本を読む気がまったくしない。
ま、いいや。
疲れたのを――愛のせいになんか、したくないんだ、おれは。
おれを振り回した張本人だって、疲れ知らず、ってわけじゃなかろう。
案外、愛だって、くたびれてるのかもしれない。
いま、あいつは、どんな様子なのか――、
あいつの『くたびれ度合い』に対するよこしまな好奇心が芽生えてきたものの、
とりあえず、昼寝をすることにした。
× × ×
むくり。
時計を見る。
少し短めの昼寝だった。
もしかしたら、
愛だって、帰ってから、昼寝してるのかもわからない。
おれと同じように、くたびれて……。
それを確かめに、愛の部屋の前まで来た。
ノックして、応答がなかったら、お昼寝真っ最中だろう。
その場合は、ドアを少しだけ開いて、愛の寝姿(ねすがた)を確かめてから、そっとドアを閉めて、そっとしておく心づもりだった。
――キモいかな? おれの心づもりは。
――キモいよな。
――愛の寝姿を見たら、『あいつだってくたびれてるんだ』、って安心できると思ったから。
でも、昼寝のぞきには、変わりない――。
でも。
あいつが、くたびれてるところが、おれは見てみたくって――、
なぜかというに、
いつも元気な反面、たまにしか見せない、あいつの『弱さ』が――あの『弱さ』だって、魅力的なところだと、思うから。
弱ったら、立ち直らせてやりたくなる。
素直に、そう思うけど……、
『弱った愛が見たい』、なんて、
ヘンだよな。
もっというと、ヘンタイっぽい。
……あああああっ、もう。
なに考えてんだよ、おれ!!!
下心、出しやがって。
おれもくたびれるし、あいつだってくたびれる。
部屋をノックすること自体、動機が不純だったんだ……!
「――アツマくん?」
向こうから、ドアが開いた。
「よ、よぉ」
「なに? わたしに用事あった?」
「あ、あったといえば、あったな」
「ゴメンね、いままで昼寝してたの、わたし」
「……」
「顔、洗ってくるから」
「……なぁ」
「――急ぎごと?」
「や、違う。
ただ……昼寝してたってことは、くたびれたのかなー、おまえも……って。
じつは……おれもさっきまで、寝ちまってて」
「あなたも!? 気が合うわねー」
「……くたびれた? やっぱり」
「――ほんとにくたびれてたら、アツマくんに頼ってるよ」
「おれに……」
「池袋に行ったぐらいで、弱るわけないじゃん」
「……強い」
「くやしい~?」
「……くやしい。」