「加賀くん、ちょっと聞いて」
将棋盤とにらめっこしていた加賀くんが、
「なに?」
と顔を上げて訊いてきたので、
「――さいきんは、加賀くんとふたりで、というかほとんどわたしひとりのちからで、新聞作ってるわけなんだけど」
「――まあな」
「さすがに人手不足、戦力不足ということで、『助っ人』を頼みたいと思って」
「『助っ人』?」
「――センパイの手も借りたい、ってこと」
「センパイ、って――卒業した、3年生?」
「そ」
「けど、卒業しちゃっただろ、もうこの学校には――」
「そこで、リモート出演よ」
わたしはPCを操作して、
「よし、できた」
「なにができたんだ?」
「PC画面を通して、卒業した3年組が、編集作業を手伝ってくれる。
ついでに、加賀くんの様子も、監視してくれる」
「…なんか余計なひとこと言わなかったか」
「…加賀くんの『教育』のほうが重要まである」
「……。
で、だれがリモートで出てくるんだ?」
「きょうは、瀬戸さん」
× × ×
「こんにちはー、瀬戸さん」
『やあ、あすかさん。ついでに、加賀も』
「きょうはよろしくお願いします」
『いま、そっちは――部員がふたりしかいない状況だよな。大変だろう? とくに、あすかさん』
「正直」
『頼りにならない加賀も、副部長にせざるを得ないんだろ?』
「新2年生は加賀くんだけですからねー」
『…もっと部員を集めとくべきだったか』
「後悔したって仕方ないですよ。加賀くんをどうにかさせるしかないです」
「…おい」と加賀くんがボヤく。
『いくらでもそっちの手伝いはするけど、リモートだし、やれることにも限界あるけど』
「いいえー、助かりますよ」
『…問題は、加賀の『教育』だな』
「…おい」と加賀くんが再度ボヤく。
『……受験は、おれも岡崎も、まあおさまるところにおさまったよ。桜子は、国立の結果が出てから、だけど』
瀬戸さんの報告。
みんな浪人はしないみたいで、よかった。
それにつけても。
――わたしはイジワルにも、
「……神岡さんは、どうですか?」
うぐっ、と痛いところを突かれたみたいになる瀬戸さん。
神岡恵那さんと、仲睦まじくお弁当を食べているところを、何度も目撃したし、ほかの人からも多くの目撃談があり、すっかり学校公認カップルになっていた。
ある情報筋によると、冬休みを挟んで、神岡さんの振る舞いが変わった、とか。
『物腰がやわらかくなった』とかなんとか。
神岡さんを変えたのは――もちろん。
『あ、ああ、あいつはあいつで、おさまるところにおさまったみたいだよ』
「いっしょの大学なんですっけ」
『どうしてわかるんだ……あすかさん』
「世界は思うより狭いんです」
『どこから漏れたんだ……』
瀬戸さんのスマホの振動音らしき音が、PCから聞こえてきた。
『ちょっとごめん』と言いつつ、瀬戸さんはスマホに目を通す。
「……神岡さんからですか。」
『あいつ、近頃頻繁にLINEを送ってくるんだ……』
また振動音が聞こえてきた。
『ほ、ほら、また来た』
「――いいですね。」
『え!? なにが』
「うらやましい――瀬戸さんも、神岡さんも」
『そ、そうかなあ!?』
「瀬戸さん、神岡さんを支えてあげてくださいね」
『――も、もちろん』
「素敵な……パートナー……」
加賀くんが、
「そのへんにしとこうぜ、あすかさん」
と、たしなめてくる。
「編集作業、やるんだろ?」
「……ヘンテコなところで真面目だね、キミは」
「なんだよその不満顔は……」
× × ×
ずいぶんおちゃらけてしまったのは、たしかだ。
3年組のリモート出演は今後も続く予定。
きょう、できなかったことを反省して、明日(あす)につなげたい。
すでに帰宅しているわけだが、
リビングのソファで、
利比古くんが、ポケ~ッとしている。
見かねたわたしは、
「お~い、利比古くん」
と声かけ。
しかし、利比古くんからの反応が見られない。
「利比古くんってば~」
少し声を大きくして、再度声かけしたら、
アッ!! と驚いたみたいに、のけぞるようにして、わたしの存在に気づいた。
「も~っ、2度も呼んだんだよ~」
「……すみません、ごめんなさい」
「テレビ、つけてるけど、視(み)てるの?」
「……」
「そこで押し黙られても」
ヘンだなあ。
なんか、ヘン。
「――利比古くん、増えたよね、ボケーッとしてること。なんだか、虚空を見つめてさ」
「……」
「今週は、とくに、そう」
「……」
「もっと細かく言えば、おとといの夕方あたりから、呆然としたような表情でソファに座ってる光景が、しばしば見られた」
「呆然と、って……」
「呆然自失って感じだったもん」
「そう……見えちゃうんですか」
「――、
なにか、あったの?」
口をつぐむ、彼。
「――しょうがない利比古くんだねぇ。
わたしでいいから、相談してみなよ?
わたしだって、年上だよ? お姉さんなんだから」
お姉さん風(かぜ)を吹かせるわたしに、
「あすかさん…」
「?」
「そういえば…年上でしたよね…あすかさん」
ムカッ。
「……その発言はないよ、利比古くぅん」
あわわ……と半開きの口で慄(おのの)く彼。
「お仕置きしたら、利比古くんも、正気になるかなぁ!?」
「お仕置きって……どんな」
「英語で反省文を書く」
「……あすかさん、読めるんですか……? ぜんぶ英語で」