【愛の◯◯】頭やわらか板東さん、穏やかな麻井会長、半笑いのあすかさん……。

 

歌番組制作を実行に移すため、板東さん、黒柳さん、そしてぼくの3人で討議中だ。

でも、思うように良い企画が浮かばない。

三人寄ればなんとかの知恵…ということわざがあった気がするが、

なかなか浮かばない。

黒柳さんが、眉間にシワを寄せている。

歌番組といっても、いろいろな形式があって。

単に出演者と司会がトークして、そのあとで歌を披露するのか、

あるいは、ランキング形式にするのか――。

過去には、TBSの『うたばん』みたいな、純粋な歌番組というよりもコント・バラエティ色の強い番組もあった。

「『うたばん』のギャグは破壊的だったんだよ!!」と、もはやぼくの専属アドバイザーと化した小泉さんも言っていた。

過去の番組を、どこで観たんだろう……という疑問は野暮として、

議論は難航している。

 

眉間にシワを寄せた黒柳さんが、うつむきがちに、

「ごめん、役に立つようなこと、言えなくて」

「それはぼくも同じですから」

と、なぐさめる。

「黒柳くんはもっと自信を持ったほうがいいよ」

「板東さん」

「板東さん」

「――ふたり同時に呼ばないで」

ふぅー、とため息をついたかと思うと、板東さんは、

「思えば、黒柳くんは、放送部時代から、自信なさげに振る舞ってた」

と軽く回想したあと、おもむろに黒柳さんの左肩をぽん、と叩いて、

「自分を過小評価しちゃダメだよー、黒柳くん」

黒柳さんは黙ってうつむく。

うつむいてるが、少し顔が赤くなっているのがわかる。

そりゃ……ぼくだって、板東さんにいきなり肩を叩かれたら、ドギマギしちゃいますよ。

女子なんだから。

 

そうだぁ!

「ど、どうしたの板東さん、とつぜん手を叩いて、大声出して」

「どうしたんですか、すごいテンションで――」

ほとんど同時に驚きのリアクションを示した黒柳さんとぼくに向かって、

「思いついちゃった!!」

「思いついた――なにか、ひらめいたんですか?」

ぼくが訊くと、

のど自慢!!

 

のど自慢――、

あ、ああ、なるほどっ。

その手があったか――。

その発想はありませんでした。

 

× × ×

 

「板東さんは思考が柔軟ですね。麻井会長もそう思いませんか?」

例によって、板東さん・黒柳さんは下校。

ぼくと麻井会長は居残っている。

先週は、同じようなシチュエーションから、なぜか麻井会長が取り乱して、「出てけ!!」と言われてしまったこともあったけれど、

きょうは、そんな事態には、たぶんならないだろう。

 

「なぎさの頭が柔らかいことぐらい、とっくに知ってるよ」

穏やかに麻井会長は答えた。

殺伐とした雰囲気が、完全に顔から拭(ぬぐ)い去られている。

ぼくが拍子抜けしてしまうくらいに。

 

ピロリン♫ と、会長のスマホの通知が鳴る。

スマホを見て彼女は、

「あ、甲斐田だ」

と、ごく自然な口調で言う。

甲斐田部長から来たらしきメッセージを読んで、

彼女は――穏やかな笑顔になった。

そして、面白そうに、

「バカじゃないの……アイツ」

と、透き通った声で、笑みをたたえながら、ひとりごとのように言った。

 

 

× × ×

 

 

夕食後。

リビングの長~いソファに、あすかさんが腰掛けている。

ぼくはその向かい側のソファに座った。

 

テレビを観るでもなく、片腕で頬杖をついているあすかさん。

なんだか、イライラしているような雰囲気がある。

 

「学校で、なにかあったんですか?」

「ご名答」

「はぁ……」

「イライラしてるって、顔に出ちゃってるよね」

「……だれかに腹を立ててる、とか?」

「鋭いね利比古くん」

「この邸(いえ)に住むようになってから……ずいぶん経ちましたし」

「わたしの気持ちが、わかるんだ」

「全部わかるわけじゃないです」

 

あすかさんは両手を組んで、

「部活の後輩に、加賀くんって男の子がいるんだけどね」

「はい」

「言うこときいてくれないの」

「なるほど、それで……」

怒ってるんだ。

「加賀くん、将棋欄担当なんだけどね」

「校内スポーツ新聞、ですよね? 将棋欄も載せるんですか」

「載せるの。――加賀くん、せっかく将棋に詳しいのに、将棋欄書くのサボりがちなの。将棋界、けっこう盛り上がってると思うんだけど……」

「どうしてサボりがちなんでしょうか?」

「怠(なま)けものなんだよ。ダルそうに部活にやってくるし。わたしが教育係なんだけど、先輩に対して常時タメ口が直らない。もともと、素行不良っぽいところがあったんだよね。加えてやる気もない」

「手に負えない、って感じなんですかね」

「それじゃあこれから先が困るんだけどね……」

 

思案顔になったあとで、ぼくの顔をまっすぐ見据えて、

 

「利比古くんとは……真反対」

真反対と言われても、リアクションに困るけれども、

「加賀くんだって……根(ね)は悪い子じゃないはずなんだけど」

と、彼女は微妙な顔つきで言う。

 

「ストレス、ありますか?」

「ある。加賀くんに対する積もり積もった不満から、部の将来のこととか…考えがどんどんふくらんでいっちゃって。悩みがつきない」

「発散したほうが、いいのでは」

「バッティングセンターでも行こっかな。……でも、野球観るのは好きだけど、バット振るってなると、ボールぜんぜん打てないかも」

 

苦手なものを無理にやろうとすると、かえってストレスが増してしまうんじゃないだろうか。

 

そうだ――。

 

「――歌ってみる、ってのは、どうでしょうか?」

「歌う!? わたしが!?」

「カラオケでひたすら歌い倒せば、気分も晴れてくるのでは――」

 

どういうわけか、半笑いのあすかさんが、

「あのねえ利比古くん」

「――?」

「わたしバンドやってるでしょ」

「ギターですよね」

「担当は、ギター『だけ』」

「奈美さん…ですよね、ボーカルは」

「わたしがなんで、奈美にボーカルを任せてると思う?」

「えっと……」

わたしがバンドで歌おうとしない理由!

半笑いのまま――、

わかるよね!? わかるでしょ!?

 

とりあえず、

そんなに身を乗り出してこなくてもいいのでは、

あすかさん。