「はあぁ」
「――どうしたんですか、あすかさん? そんな溜め息ついて」
どこからともなく利比古くん――か。
「部活のことを考えていて」
「スポーツ新聞部で、なにかあったんですか?」
「そう。
加賀くんっていう、取り扱いの難しい2年生がいるんだけどね。
先週、『野球部の取材に一緒に行こう』って言ったんだけど……」
× × ×
加賀くんと『こじれた』こと、
彼のいない場で、思い余って、酷い言葉で彼をディスってしまったこと、
ディスってしまったあとで、自己嫌悪に苛(さいな)まれてしまったこと。
「……その日のうちに、彼には謝ったんだけど。
『しこり』というか、なんというか……。
良心の疼(うず)きみたいなものが、まだ残ってて、
あれ以来、彼を取材に誘えていない」
「――フム」
「なにか、意見とか……ある? 利比古くん」
「まず――、
あすかさんは、優しいんですね」
「え!?」
「優しいから――自分を責めるんでしょう」
「そんなものかな……」
「そんなものですよ。
そして、自分が言った言葉に対する、責任感がある。
加賀くん本人のいないところで、『不良債権』とか『使えない』とか『無能』とか言ってしまったことを、凄く反省してるじゃないですか。
『無能』って言っておいて、なんの悪気もないような態度を取り続ける人だっている。
自分が『無能』という言葉を使ったことに――無責任な人がいる」
利比古くんにも……、
利比古くん自身の考えが、ちゃんとあるんだ……。
「――ぼく個人としては、『無能』って言葉は嫌いですね。
積極的に使う人もいるけど。
なんだか、『無能』って、冷酷な感じがして」
苦笑いする利比古くん。
「で――、わたしは、これからどうするべき、なのかな」
「そうですねえ。
――優しく、接してみたら、いいじゃないですか」
「加賀くんに?」
「はい」
「優しく、っていうのは……」
「あえて、へりくだってみる、とか」
「へりくだる、ねぇ」
「彼を、おもてなしする、みたいに」
「できるかな……。
わたしが、加賀くんに、そんな態度」
× × ×
水曜日の放課後。
いつもの活動教室。
ヒナちゃん、ソラちゃん、会津くん、1年生トリオは、欧州サッカーの新リーグ構想について、議論している。
スポーツわからない、って言っていた会津くんも、会話の流れに乗ることができていて、偉いと思う。
――わたしが、会津くんに、負けちゃいそう。
昨夜、利比古くんに言われたこと、そっくりそのまま実行できるとは思っていないけど。
それでも、加賀くんに向き合う。
「ね」
「ん?」
「棋譜を将棋盤に並べるのに、真剣になるのは――わかるんだけどさ、」
「なんだ?? 取材に来いってか??」
「――どうしてわかったの」
「そりゃ、この前のこととか……あったから」
……彼も、『あのこと』を、気にしていたんだ。
「……なんだよ。照れくさそうな顔になって」
「……なってないよ。」
「……ウソつけ。」
将棋盤を挟んで、加賀くんの真向かいに腰かける。
「キミの気が進めば、で、いいんだけどさ、」
「また……野球部、か?」
「カンがいいね……今日のキミは」
「べつに」
「――、
強制じゃない。でも、できれば、わたしについてきてほしいかなー、って思う」
「……」
「取材も、楽しいよ。
めんどくさかったら、無理強いはしない。
でも、本音は――ついてきてほしい。
来るだけでいいから。
キミのことを、ぞんざいに扱ったりはしない。
ちょっと……これまで……バカにし過ぎてた節(ふし)があるから」
「あすかさんは、おれにほんとうに酷かったよな」
「ハッキリ過ぎるぐらい……ハッキリ言うね」
「だけど。
おれだって、おれのほうだって――素直じゃなさ過ぎた」
「え、えっ、反省、してるってこと」
「ああ、そうだよ」
将棋の戦術本を、ぽん、と脇に置いて、
「今は、素直になる――、
あんたの取材に、ついてくよ」
「加賀くん――」
「取材についてく、って言ったぐらいで、そんなに感極まらないでくれよ……」
「だって……」
「おれだって、ガキじゃないんだ。
もうすぐ、17歳の誕生日なんだぜ?」
心を開いてくれたのが、
純粋に、うれしかった。
わたしと彼は、しばらく笑いあって、
それから、同じタイミングで、立ち上がって、
1年生トリオに、「お留守番よろしく」とお願いして、
野球部のグラウンドへと――向かっていったのだった。