【愛の◯◯】クリスマスツリーと怒(いか)れる愛ちゃん

 

リビングに入ると、

「お、アツマ、もしかしてそれは」

「クリスマスツリーだよ流さん」

アツマが、ツリーを出してきた。

そうか、

もうそんな季節なんだな。

 

アツマがニヤリとして、

「予定はもう立ってるんだろ?」

そっちこそ。

『そっちこそ』、とつい言いたくなるのをこらえて、

「ああ、バッチリだよ」

「オトナはちゃんとしてるなあ」

「アツマだって――もうハタチじゃないか」

「残念、早生まれでした」

「細かいことはいいだろう?」

「まーね」

みんな――少しづつ歳をとっていく。

 

ちょうど、手持ち無沙汰だったので、

「飾り付け、手伝うよ」

「サンキュー、流さん」

「このツリー、大きいからね」

 

さて、がんばって飾り付けるぞ、と思っていたら、

愛ちゃんがやってきた。

「クリスマスツリーだ!

 流さんが、出してくれたんですか?」

「違うよ、アツマが出してきてくれたんだ」

「うそっ」

アツマはやや不満げに、

「疑いの眼で見やがって」

「……信じていいの?」

「むしろなぜ疑う。もっとおれを信じろ」

「……意外。サービス精神あったんだね、アツマくんにも」

「あるに決まってんだろ。おれをなんだと思ってる」

「――、

 ま、素直に『ありがとう』って言っておくよ」

 

彼女はツリーを見上げて、

「大きい。高い。デコレーションのやりがいがありそう」

「これからぼくとアツマで飾り付けするんだ」

「わたしもやります!」

「――やる気満々なのはいいんだけど」

ぼくはあえてこう言う。

「そのやる気を――お勉強のほうに回してほしいかな」

 

ピタッと硬直する彼女。

 

「受験生の手を――あんまり煩(わずら)わさせたくないんだ」

「そうだぞー。いまは勉強しろ、愛」

 

アツマにも追い打ちをかけられ、

彼女は非常に残念そうな表情になる。

 

「流さんとアツマくんの……言う通りだよね」

早足でその場を離れていく彼女。

 

口では納得しているけれど、

内心はガッカリ状態だろう。

 

良心が痛む。

断るべきでは、なかったかもしれない。

彼女を拒(こば)むみたいになってしまった。

ほんとうは、どう言うのがよかったのか――、

それがわからなくて、ぼくは後悔するばかり。

 

「彼女を傷つけちゃったかな」

「そりゃ考えすぎだよ流さん。ああ言うのがベストだったと思うよ。あいつ真面目じゃないから、ガツンと言ってやらないと、勉強そっちのけでツリーを飾り続けるよ」

「でも、

 愛ちゃんも愛ちゃんなりに、普段からがんばってるとぼくは思うから――、

『少しだけ手伝ってよ』って言うのが、正解だったのかも」

「『少しだけ』って言ったら、たぶんあいつは1日じゅうツリーの前から動かないぞ。甘やかさないほうがいいって、ぜったい」

「でも……。

 彼女のあんな残念そうな顔を見ちゃうと、さ。

 厳しすぎたかな、突き放しすぎたかな、って、思わざるをえないんだよ、ぼくは」

「流さんは優しいなぁ」

アツマはツリーに向かって手を動かしながら、

「ほっときゃいいのに」

「そんなこと言うもんじゃないぞー、アツマ」

「すぐ甘えてきやがるから……ベタベタと」

「ふうん?」

 

思わず手を止めるアツマ。

 

「な、なに、その顔は、流さん……」

「いや、愛ちゃんとなにかあったんだろうなー、って思って」

「なにゆえ」

「『すぐ甘えてきやがるから……』と言ったからには」

「ぐ」

 

墓穴を掘ったな、アツマ。

 

「きのう……あいつが急に抱きついてきてさ……」

 

× × ×

 

「――一件落着したのなら、引きずる必要ないじゃないか」

そうだろ?

「『ほっときゃいいのに』が、まるっきり本音なわけでもないんだろう?」

むしろ、

「ほっとけないから、『ほっときゃいいのに』って言うんだろう」

 

素直じゃないのは、お互い様、が、ピッタリあてはまる。

そんな、アツマと愛ちゃんの、関係。

 

「ぼくは愛ちゃんを呼びに部屋に行ってくるよ」

「え……流さんが!?」

「謝りたいし」

「きゅ、急に流さんが部屋に来たら、あいつビックリしちゃうよ」

「じゃ、アツマに任せるか」

「任せるったって」

「アツマはどうしたいんだ?

 呼んでくるのか、呼ばずに放っておくのか」

「ぐぐっ……」

「……ほっとけないんだな」

 

苦しまぎれといった感じで、

「ジャンケン……しようぜ」

と言ってくるアツマ。

「か、勝ったほうが、愛の部屋に行くんだ……!」

「何回勝負?」

「い、一発勝負だっ」

 

 

× × ×

 

 

流さん!?

 ここに上がってくるなんて、めったにないのに」

 

呆然とする愛ちゃん。

 

「あいにく、ジャンケンに勝ったんだ」

 

棒立ちで、わけがわからない様子。

 

「愛ちゃん、勉強ご苦労さま」

「あ、はい……」

「勉強もいいけど……クリスマスツリーも、どうだい?」

「えっ、でも、流さん、クリスマスツリーよりも受験勉強にエネルギーを回してほしいって」

「あれは全面的に撤回するよ」

 

拍子抜けした顔になったかと思うと、

いささか不満げに、

 

「心変わり……早すぎません?」

「言ったあとで後悔したから。後悔を後悔のままにしておきたくなかった……情けないな」

ムスッとして、

「そんなにしょぼくれないでくださいっ」

「手伝ってくれるかい……? ツリーを」

「あったりまえじゃーないですかっ」

もう彼女は、部屋から出ている。

「流さん、わたし、少し怒ってます」

「……うん」

甘んじて……愛ちゃんの怒りを受け容(い)れよう。

「怒ってるんですからねっ」

「……すまない」

怒ってるっていったら怒ってるんですからっ

「……」