わたしのスマホに甲斐田先輩から通知が来た。
ちょっとびっくり。
会いたい、ということだったので、
「すみません、きょうはわたし早く抜けます」
と断って、【第2放送室】から退出した。
× × ×
「わざわざ会いたいってことは、特別な事情みたいなものがあるんですね」
校舎の外、旧校舎と現校舎の領域の境目みたいな地点で、お互い立ちながら向き合っている。
甲斐田先輩……スタイルいいなあ、やっぱり。
「2学期が終わるまでに、話がしたかったから」
凛々(りり)しく大人びた顔の彼女は言う。
「話って、どんなですか?」
「――いろいろある」
それじゃ、答えになってませんよ――とは、言わなかった。
いろいろある中には、かなりデリケートな話題も含まれているという、確信めいた予感があった。
「ここで立ち話じゃ、寒いし疲れるよ。移動しよう、なぎさ」
なぎさ、とわたしを呼び捨てにする。
懐かしい感触が、持ち上がってくる。
× × ×
抹茶カフェ。
そう形容するのが、正しいだろう。
抹茶オレ、抹茶ラテ、抹茶ココア……いろんなヴァリエーションが取り揃えられている。
抹茶フロートなんてものまでメニューにあるけど、12月にもなって頼むひと、いるんだろうか。
「抹茶パフェ頼んでもいいんだよ、私が多めに出してあげるから」
「気前…いいですね」
「抹茶プリンアラモードでもなんでも注文しなさい」
「プリンも抹茶なんですか? これ」
「さあねえ、知らない」
和風の店内。
掘りゴタツの席で、ふたりしてメニューを検討している。
「決めました、『抹茶モカ』にします」
「私は『抹茶カプチーノ』にする」
× × ×
ホイップクリームが、盛りすぎなくらい盛られている、わたしの『抹茶モカ』。
木製(もくせい)のスプーンで、クリームをひたすらすくっては口に運ぶ。
うん、甘い。
わたしが甘さを堪能していると、甲斐田先輩が『抹茶カプチーノ』のカップをことり、と置いて、
「…発声練習、続けてるみたいだね」
ええっ。
妙な切り出しかたするんですね、先輩。
「続けてますけど……話の切り出しが、アクロバティックすぎませんか?」
「実(じつ)をいうとね、なにから話し出そうか、迷った」
手元のカップに眼を落として、
「利比古くんが……言ってたから。KHKでも、なぎさは発声練習してるって。それで、サボってないんだな、頑張ってるんだな…って」
「羽田くんと仲いいんですね」
一瞬微妙な顔つきになった、気がしたが、
「いいよ、仲。愛さんつながりっていうのもある」
愛さんつながり――。
「愛さんとも仲良しだから、私」
「じゃあ、つまりは、愛さんが『なかだち』になって、先輩と利比古くんが――」
少しも動じず、しょうがないねえ…と軽くため息ついて、
「そんな冗談言う必要ないでしょ」
「わたしもそう思います」
「……なぎさのからかい上手(じょうず)、ここに極まれり、って感じね」
「放送部時代は、そんなことなかったでしょ?」
「入部したての頃に限っては、ね。……でも、次第にからかい上手になっていってしまった」
「生意気だったでしょうか」
「そうは思わなかった」
「それは良かった」
先輩はしみじみと、
「私より、麻井に感化されたんだな、ってことが、こうやってやり取りしていて、よーくわかった」
「さみしそう……」
「……さみしいよ」
「甲斐田先輩。いくら先輩がさみしくっても、麻井会長についていったことに、後悔はありません」
「わかってる」
「ただ……もうすでに、麻井会長の背中を追っていく時期は過ぎたんだなあ、って思いますけど」
「私らの放送部にしたって、代替わり、とっくに済んじゃったもんね」
「なかなか麻井会長が引退宣言してくれなくて困ってます」
「ハハ……」
「……KHKが居心地いいから、なんだろうけど」
「居心地いいというより、居場所がほしいんでしょ?」
「居場所をKHKに求めなければいけないような状態になってるんです」
「精神状態……か」
「先輩はわたしが放送部から出ていってさみしいんだろうけど、麻井会長にしたって、まったく別種(べっしゅ)の『さみしさ』があるんです」
「わかってる……だけど、共感とか同情とか、ヘタにできなくって」
「わたしだって同じですよ。……でもそろそろ、先輩と会長、打ち解けてもいい頃合いだと思う」
「本心、言っていい?」
「どうぞ」
「私はもう麻井を敵視していない。ぜんぜん敵視していない。できるなら、打ち解けたい」
「打ち解けたいのなら――」
「行動してください、って言いたいんだよね」
「はい――」
「行動するためには、KHKでのあいつの現状を知っておきたい」
「それは――さっき言った通り、居場所がKHKにしかなくて、さみしい上に切羽詰ってて」
「私はもっと突き詰めたい」
「もっと、って、いったい」
「居場所をKHKに求めてるのは――ほんとに、KHKっていう『空間』が居心地いいってだけ?」
はっとするわたし。
甲斐田先輩が、ここでいちばん訊きたいことって、たぶん――。
「拠りどころにしてる『人間』がいる。倚(よ)りかかりたい、もっと言えば寄り添いたい、そんな男子が――いるでしょう、ひとり」
「――います。羽田利比古くんっていう、男の子が」
お互い、気づいてしまっている、事実だから……、
それを認めあう、代わりに、沈黙するばかり。
やがて、先輩は踏み込んでいく。
「打ち明けたよ――麻井は」
「気持ちを?」
「気持ちを。
あいつが一方的に打ち明けてきただけで、打ち解けたとか、そういうのとは別。
あいつが一方的に電話かけてきて、以来、会話なんかしていない」
それって――なんか、ヘンだ。
ヘンだというよりも、歪(いびつ)だ。
「どうして、どうしてもっと会長に関わってくれないんですか。わざわざ会長のほうから打ち明けてきたって、歩み寄るチャンスだったのに」
「私もチャンスだと思った。だから、話し合う機会を何度もうかがっていた。でも、機会はすり抜けていった。噛み合わなかった」
「あきらめたようなこと、言わないでくださいよ……」
ホイップクリームの甘みが、口の中から消え失せた。
「ごめんね。努力が足りなくて。努力、足りてないし、なぎさに怒られるのも、甘んじて受けいれるしかない。情けないよ」
「後ろ向きな先輩は……イヤです」
「なぎさ」
「なんですかっ」
攻撃的な口調になるのを、抑えきれない。
なんで先輩は、そんなしみじみとした表情で、わたしの顔を見つめてくるの!?
わたしの不満が募(つの)ってきた――ところに、
「ホイップクリームがついてる」
完全なる――意表の突きかた。
「左のほっぺたに、少しだけついてる」
指摘されて、あわてて左の人差し指でクリームを拭(ぬぐ)い、おしぼりで拭(ふ)き取る。
「なぎさも、まだまだだね」
「……恥(は)ずかった」
「ご機嫌斜め?」
「……恥(は)ずいのと、先輩が煮えきらないのと、両方の理由で」
「煮えきらなくてごめんね」
「謝るためにわたしを呼びつけたわけじゃないんでしょう? もっと怒っちゃいますよ」
「行動するしか――ないみたいだね。なぎさをこれ以上怒らせないためには」
「ようやく、決意してくれた」
「手始めに――」
「手始めに、なにをしますか?」
「『抹茶プリンアラモード』、食べようよ」
「……お好きにどうぞ」
「なぎさも食べようよ、おごってあげるから」
「2つ注文するってことですか?」
「当たり前じゃん」
「……お金持ちですね」