【愛の◯◯】麻井会長がヘンだ

 

『KHK紅白歌合戦』には時期尚早だが、小泉さんにインスパイアされたのか、なんだか歌番組が作りたくなってきた。

 

それで、黒柳さんと、テレビ歌番組の歴史について語りあっていたところだ。

 

「……でも、もう、もちろん、『夜のヒットスタジオ』の時代じゃないんですよね。昭和じゃなくて令和なんだし」

「『ザ・ベストテン』にしたって、相当大規模な番組だよね、生放送・生中継で毎週1時間枠でしょ? よく10年以上も続けられたと思う」

「ちょっと、類をみないですよね」

「しかも司会がぼくと同じ『黒柳さん』なんだ」

「偶然……なんでしょうか?」

「偶然にしては出来すぎてる気も」

「『黒柳さん』は紅白の司会も何回も……」

「らしいね」

『窓ぎわのトットちゃん』の作者じゃないほうの黒柳さんは、ぼくが用意してきたプリントに眼を落として、

「ところで、日テレにも『ザ・トップテン』って番組があって、『ザ・ベストテン』と紛らわしいね」

ザ・ベストテン』の放送局はTBSだ。

番組名は似てるけど、昭和の時代はおおらかだったのかな……とか思いを馳せていると、

 

ふたりともうるさい

 

嗚呼、怒ったように麻井会長が、割って入ってくるようにして、ぼくと黒柳さんが歌番組談義をしているテーブルにやってくる。

 

「アンタらがさっきから話してるの、みんな昭和の番組のことじゃないの」

「いけませんか?」

とぼくは反発した。

ぼくが正面から反発したのにビックリしたのか、口からことばが出てこない会長。

どうしたんだろう。

逆ギレするのが、彼女のこれまでのパターンだったのに。

 

ぼくの顔を見ずに、黙ってプリントの山を強奪し、

「没収。これは没収」

ちからが抜けたような声で、残酷な判断をくだす。

「ひどすぎますよ、会長」とぼくは言うが、

「…プリントの裏がメモ書きに使える。無駄なく再利用しないとね」

エゴイスティックかつエコロジカルなことを言ってくる会長。

「それにこれ、Wikipediaプリントアウトしただけのが大半じゃないの」

ぎ、ぎく。

「ぬるいね、羽田も、黒柳(クロ)も」

ぼくたちふたりに背中を向けて、残念そうに言う会長。

「いつまでたっても――しゃべるほうにエネルギー傾けてるんだから」

 

× × ×

 

「――悪かったですよ、会長」

彼女は頬杖をつきながら、

「自分の誤りを素直に認めるのは、ほめてあげる」

やったぁ、と思わず声に出しそうになったが、

「そんなに嬉しいわけ!? アタシがほめたのが。バッカじゃないの」

「だって、会長ほとんど他人をほめませんし」

「他人をほめない代わりに、自分もほとんどほめないけどね」

あっ……。

「アタシがほめたのは、なぎさやクロには内緒ね。図に乗って、『もっとほめてくださいよ!』って言ってくるのがシャクだから」

 

もう板東さんも黒柳さんも退室しており、1対1で会長と話しているのだ。

 

気怠(けだる)そうな麻井会長。

背が低く小(こ)ぢんまりとした身体(からだ)にパーカーを羽織って、髪はボサボサ……これは、いつもと変わりがない。

だけど、かつての威嚇(いかく)するような攻撃的な眼つきは、完全になりを潜(ひそ)めている。

良くいえば、丸くなり、

悪くいえば、覇気(はき)がなくなった。

 

会長が手元に置いていたスマホがぶるっ、と震える。

画面を見たとたん、彼女は大きく眼を見開いて、

「――甲斐田。」

驚き混じりの声を出す。

 

みだりに、麻井会長と甲斐田部長の領域には踏み込んではいけない。

だから、会長の気が落ち着くのを待ってあげるしかない。

しばらく様子を見る。

 

話を切り出していいものか迷ったが、

「会長の言う通り、しゃべってばかりではいつまでたっても番組できませんから、『実践』、してみようと思うんですが――」

歌番組制作のことを、振ってみる。

しかし、きょとん、とした様子で彼女は、

「『実践』って――なに?」

「――でっ、ですから、歌番組制作を前に進めたいと、ぼくは、」

「な~~んだ」

「――?」

「『実践』って、実践女子大学のことかと思った

 

 

ええっ……。

 

 

「だ、

 だ、

 大丈夫ですか!? 会長」

 

「アンタに心配される筋合いないから……」

 

「だれだって心配しちゃいますよ!! ちゃんと食べてますか!?」

 

「……どうだろ」

「食欲がない、とか……!」

「……ないかも」

「ドーナツ何個食べられますか、いま」

「なんでそんなこときくの」

「映画に行った日のことを思い出して――」

「は??」

「ドーナツ、食べましたよね!? 映画観たあとで。たしか会長は4個食べてた。いや、違う――ぼくのドーナツも横取りしたから、4個じゃなくて5個――」

 

不意に立ち上がる会長。

イライラが始まったみたいだ。

なにか、いけないこと、言っちゃったのかな…。

 

羽田、アンタはやっぱりうるさい

「気にさわるようなことでも言いましたか……?」

言った!!

 

小さな身体(からだ)で、ぼくの眼の前に仁王立ちして、

ドーナツ5個食べたからってなんなわけ!?

「あ……。すみません」

「バカ! ろくでなし!!

 その態度が、その態度が、アタシは……」

 

ガンガンと拳(こぶし)でぼくの上半身を叩き続ける、彼女。

 

「10個だって15個だって食べられるよ!! アンタがそんなにふざけてるんだから」

 

会長が……おかしくなってきた。

 

いま、眼尻(めじり)に涙の粒を浮かべながら……、彼女はぼくを殴り続けている。

 

「どうしたんですか。つらいんですか。だれかを殴らなきゃ気がすまないぐらいに」

「『だれか』、じゃない。

 アンタを殴らなきゃ、気がすまない」

「どうして……至らない部分は、多々あるにしても」

「つべこべ言うなっ、もう、知らない」

 

そう言って、ぼくに背を向けて、

「出てけ!!」

と、裏返りそうな声で、叫んだ。

 

 

無言で、荷物をまとめ、

無言で、扉に近づく。

 

ごめんなさい、と言っても、無駄だろう。

だから、言わなかった。

その代わり――、

 

またあした。

 

このことばは、言うべきだと思ったから、

言っても、無駄じゃないと、思ったから、

声に出して、会長の背中に、投げかけた。

 

 

返事代わりに、強く床を蹴りつける会長。

ぼくは黙って、扉を閉じて、退室した。