「麻井会長、提案があるのですが」
「なに? なぎさ」
「『ランチタイムメガミックス(仮)』のことなんですけど――」
「いい加減番組の正式タイトルを決めろ、と?」
「そんなこと言いません」
「じゃあなに」
「いま、あの番組は、週5で会長ひとりが担当されてるわけじゃないですか」
「アタシが始めた番組なんだから、当然でしょ」
「負担…多くありません?」
「負担!? なにがいいたいの」
「週5でひとりだけでお昼休みの放送やるの、しんどくありませんか」
「……しんどくないよ、自発的にやってるんだもん」
「会長」
板東なぎささんは、自分が麻井会長のお母さんであるような表情と口調になって、こう諭(さと)す。
「会長。肩、こってるでしょ」
無言の会長。
何も言い返せない。
『どうしてわかったの』と、心のなかで言ってそうでもある。
板東さんは諭し続ける。
「ただでさえ、会長は受験生なんですよ。単純にKHKの活動と学業の両立、っていう問題もあります」
「『ランチタイムメガミックス(仮)』を降りろっていうの」
「そんなこと言ってませんよ。飛躍しないでください。会長らしくもない」
「ったく、はやく言ってよ、なぎさの提案」
「焦らなくてもいいでしょうに」
「アタシのどこが焦ってるっていうの!?」
「そういうことを言うのが、焦ってる証拠です」
会長は握りこぶしでミキサーをコンコン、と2回叩いた。
「週5で『ランチタイムメガミックス(仮)』のパーソナリティをやるのは、会長に負荷がかかりすぎるのは明らかです」
『ね、そう思うでしょ?』と、顔で黒柳さんに同意を求める。
黒柳さんはくたびれモードながら穏やかな眼で会長を見据える。
「そんな眼で見ないでよ……クロ」
視線を逸らす会長。
黒柳さんは静かに言う。
「会長が珍しく否定しないってことは、図星とイコールじゃないですか」
板東さんが加勢して、
「わたしの提案は――週3に減らしてみたらどうですか? 月・水・金とか。火曜と木曜はわたしがしゃべるんです。自分で言うのもなんですが――わたし、しゃべるの苦手じゃありませんし」
「週4がいい。週3はアタシが物足りない。なぎさは金曜限定パーソナリティとかそういう扱いにする」
「会長が消耗しないのなら、それでもいいんですけどね」
「けどね、ってなに。生意気な…」
「きょうの放送に貴重なご意見があったんです」
「貴重なご意見? クレーム!?」
「――みたいなものかもしれません。
旧校舎で放送を聴いていたわたしのクラスメイトが、
『麻井センパイの声がくたびれてる』って、そう話してくれたんですよね。」
真顔になる会長。
「リスナーが気づいてくれてるんですよ?
それに、わたしも『ランチタイムメガミックス(仮)』でやってみたいことがあるんです。
譲ることも――おぼえたほうがいいと思いますよ、会長」
会長がおもむろに自分のバッグを取った。
ミキサーの前の椅子から立ち上がり、無言で【第2放送室】を出ようとする。
怒ってるんだろうか。
麻井会長の背中が、さびしそうに見える。
――あっ。
『――羽田くんには、会長がさみしそうになってるとき、背中を押してほしいかな』
板東さんのあの日のことばが、よみがえってくる。
ガチャンとドアを閉めて会長が出ていってしまった。
「失敗しちゃった」
悔しそうに板東さんが言う。
「言い過ぎたかも。
会長の負担を、ラクにしてあげたかったんだけど。
逆効果になっちゃったみたい」
たまらずぼくは口を開いた。
「板東さん。
ぼくに板東さんが言ってくれた『お願い』、ぼくは忘れてません」
「忘れてないって、どういう……」
板東さんの戸惑いには応えず、
「会長を探してきます」
そう宣言したつぎの瞬間にはもう、部屋から抜け出して廊下に出ていた。
ドアの閉め方が、乱暴だったかもしれない。
旧校舎の廊下をぼくは走った。
走るのをとがめる先生もいない。
× × ×
『会長!!』
見つけた。
壊れかけの噴水だ。
噴水の『へり』に会長がちょこん、と腰掛けている。
遠くの風景をただ眺めているだけ。
会長のそんな姿が、言いようのない『孤独』を醸(かも)し出している。
違います、会長。
孤独なんかじゃないです。
「あのっ、板東さんは、たしかに言い過ぎだったかもしれません。けれど、麻井会長のほうでも、もっと他人(ひと)の話を聴いてあげる必要があると思うんです、少なくとも、ぼくはそう思います」
全力疾走の反動で、あえぎながらことばを紡(つむ)ぐ。
こんなとき、お姉ちゃんのスーパー体力が欲しかったと思ったりもする。
「会長は会長が思ってるよりいろんなひとと繋がってるんですっ」
口から出任せだった。
ただ、彼女の『孤独』を癒やしたくて。
噴水の水が、かすかにざわめいている。
彼女はこっちを向いてくれない。
しかし、ややあって彼女は、麻井会長は、
「――生意気1年坊主」
と悪態をついてくれた。
「――アタシがさみしがってるとか妄想してたんでしょ」
ぎくっ。
「人間って、不思議だね。
一匹狼でいたいのに、寄り合いを求める。
孤立したいのに、コミュニティを自分から作っちゃう。
幼いんだ、アタシ。
幼いから、矛盾してるんだ」
「KHKは矛盾なんかじゃないですよっ、自分で自分が作ったコミュニティを否定しないでくださいっ」
『幼いんだ、アタシ』とか言われたら、
本当に、会長が幼く見えてしまう。
会長は腰を上げて、両腕を頭上まで伸ばし、背伸びをした。
背伸びなんてするから、会長の体型的な小ささが浮き彫りになってしまう。
ふと、考えが浮かんだ。
浮かんだから、訊(き)いてみた。
「質問いいですか」
「手短かに」
「板東さんと黒柳さんの連絡先を会長はご存知なんですよね?」
「あたりまえじゃん。
それがどうかした?
脈絡のない質問ばっかするならアタシ、帰るよ」
「…ぼくの連絡先を知りたがらないのは、どうしてなんですか」
虚を突かれたといった格好で、しばらく押し黙っていたが、
「忘れてた。というか、頭になかった」と、正直に答えてくれた。
「ぼくはもうKHKの正式会員です。KHK同士、お互い連絡先を知っていたほうがいいと思います」
「それ、なぎさやクロとのあいだにも言えることだよね?」
「とっくの昔に2年生のふたりとは連絡先、交換済みなんですが……」
しまった、という横顔。
「お願いしますよ会長」
「……連絡先を教えたからには、もう容赦しないんだから」
「なにをどういうふうに容赦しないんですか」
「羽田アンタ言うようになったね」
「会長が放っておけないからです」
スマホをお互い向け合っている。
こうして向き合うと、麻井会長は本当に小柄なんだと、ひしひし感じられる。
「なぎさには後でちゃんと謝っとくから」
「板東さんのほうでも申し訳無さそうにしていましたよ」
「なら、なおさら」
「もうひとつ質問してもいいですか」
「内容によってはキレるよ」
キレるのを覚悟で、
「会長はヘアブラシを持ち歩かないんですか?」
「ずいぶん無礼な口きくじゃないの…」
「持ってないんですね」
「それ以上言うと殴るよ」
「すみません…。
昔の姉が、そうだったんで」
「そんなあんたの姉は身だしなみに無頓着なの!? とんでもない美少女だっていうじゃないの」
「だれがですか」
「甲斐田が」
「ああ…」
「つまらないリアクションは禁止ね」
「…会いますか? 姉と」
「やだ」