『KHKのど自慢』の収録が、終わった。
「板東さん、司会、お疲れさまでした」
「羽田くんも、鐘を鳴らす係、お疲れさま」
「あれで……よかったんでしょうか?」
「よかったと思うよ」
いろいろと、見切り発車だったが、
滞りなく、収録は進行できた。
あとは――編集だ。
「編集は、羽田くんが中心になってよ」
板東さんがそう言い出した。
「ぜんぶおまかせするってわけじゃないけど、わたしたちはアドバイスするだけ」
「ぼくも、それがいいと思う」
黒柳さんまで。
「いいんですか、ほんとうに」
「まんざらでもない、って顔つきじゃない」
イタズラっぽく笑って板東さんが言う。
「編集の才能――わたしたち3人のなかで、羽田くんがいちばんだと思うから」
「ぼくもそう思うよ」
黒柳さんの深いうなずきの、説得力。
ぼくは思わず麻井会長のほうを見た。
察知した会長が、
「よそ見すんな、羽田」
と怒ってくる。
「いちいちアタシの顔色うかがうなっ」
そのとおりだ。
『のど自慢』には、会長は完全なるノータッチなのだから。
自力でやるんだ。
覚悟を決め、ふたたび板東さんと黒柳さんのほうに向き直る。
「ヨシ! やります、ぼく。がんばります」
はずみで、立ち上がっていた。
ぼくの勢いにうろたえたのか、黒柳さんが、
「き、気負いすぎないでね」
対して、板東さんは、
「いい、いい。元気があって。男の子はこうでなくっちゃ」
と言いつつ、明るく笑う。
「いつも元気が足りなくてごめんね……板東さん」
そんなことないですよ黒柳さん……とフォローしようとしたが、
「謝られても困るよ。そんなこと言ってると、ますます元気が逃げていくよ」
と容赦ない。
「自覚があるだけマシだけどさ」
うつむく黒柳さん。
「これからのKHKを引っ張っていくんだから。もっと堂々としてもらわないと」
「そうだね……」
黒柳さんは、どんより。
畳みかけるようにして、
「どっちが次期会長になるのか、ってことも、黒柳くんの優柔不断のせいで棚上げになってる」
と責めたてる板東さん。
「早く決めちゃおうよ。なんなら今、この場で」
それは少し……性急すぎるのでは?
「……方法は?」
黒柳さんが問う。
「――まだ決めてない」
そ、それはかなり……アンフェアなのでは、板東さん?
「先走ってますよ、板東さん」
ぼくが指摘すると、
「でも、大事なことだし、先延ばしにしたくないの」
せっかちになる気持ちは、わかるけれど。
だけどぼくは、黒柳さんに同情を寄せているので、
「……ひと晩、寝かせてみましょうよ」
と提案する。
「決める方法すら、決まってないんだし」
それがいいと思いますよ……という感情を込めて、板東さんに顔を向ける。
無言の彼女。
反発は見られない。
しばらく、押し黙ったあと、
おもむろに、カバンをつかんで、立ち上がり、
「――羽田くんは編集がんばって」
そう言うが早いか、逃げるようにして【第2放送室】から出ていく。
「怒らせちゃったかな」
入口のドアを見ながら、反省気味に黒柳さんが言う。
「黒柳さんはなんにも悪くないですよ」
「だれが悪い、っていう問題でもない気がする」
「たしかに」
「アタシも帰る」
唐突に、麻井会長が言い出した。
「黒柳(クロ)と羽田は居残り反省会しなさい」
そして、ずんずんとドアに進んでいく。
――と思ったら、ぼくが座っている横で、足を止めた。
ごつん、と、握りこぶしで、ぼくの頭を叩く。
あまり痛くはなかった。
「……ピコピコハンマーでもあれば、使ってたのに」
× × ×
『ごめんね、あんなに取り乱して』
『ゆるして』
こんなメッセージが、ぼくのスマホに届いていた。
板東さんから。
夕食後、自分の部屋に戻ってきて、はじめて気づいた。
『ぼくの態度も、良くなかったです。反省しています。
会長にも、お仕置きされました』
『そっか。
羽田くんのことが、そんなにかわいいんだ、会長』
『?』
『アタマ冷やしてる。黒柳くんにも言い過ぎた』
『へこんでましたよ』
『イジメがいがあるから…』
『なんですか、それ』
『あしたはもっと建設的な話をするよ』
『次期会長も、あした決まりますか?』
『ん~、
それは、黒柳くんのテンション次第かな』
『えぇっ……』
『身勝手?』
どう返信していいか、わかりかねていたら、
部屋をノックする音がした。
この音は、99パーセント、姉だ。
× × ×
「取り込み中だったかしら?」
「う、うん」
立ち話で済ませられるのなら、済ませたい。
が、しかし、
「あんたのスマホ、ぶるぶる振るえまくってるけど」
気づきが……速い。
「着信?」
姉になんて答え返すべきか、世界でいちばんわからない。
ようやく停止するバイブレーション。
焦りっぱなしのぼくに対し、いたって冷静に、
「――彼女でもできたの?」
「違う違う違う違う違う」
「そんな早口になるってことは――」
姉から眼を背けて、勉強机のスマホを確認しに行く。
「板東さんからだよ。KHKのことで、だよ」
「あ~、じゃあ、違うか」
「??」
「あんたはなぎさちゃんとはくっつかないよね」
「なにを言ってるの」
「むしろ、なぎさちゃんには、もっとお似合いな子がいると思うし」
「ま、ますますわけわかんないよ」
「あんたに似合うのは――案外、りっちゃんかも」
「会長!? 会長が、ぼくと!?!? 突拍子なさすぎるって!!」
「でも映画に行ったじゃん」
「それは……会長が、一方的にぼくを」
「気があるから、じゃないの?」
「まさか」
ありえない。
「ありえないよ」
否定したとたん、姉が意味深な表情になって、
「女の子をあんまり悲しませないのよ……利比古」
脈絡のない発言は――自重してよ、お姉ちゃん。
放課後、会長が去り際に、頭をごつん、としてきたところが、
今になって、痛み出した。