新学期が開始された。
『桐原放送協会』すなわち『KHK』も、本格的に再始動である。
あの出来事から――もうすぐ、1ヶ月近く。
麻井会長の調子が、心配だった。
けれども思ったより顔色は悪くなく、いつもの彼女に近かった。
いつもの彼女に近いということは、「針みたいにツンツンしている」ということでもあるけど。
× × ×
「羽田!!」
「は、はいっ」
「ボーッとしてない!!」
「すみませんでした会長。なにをすればいいですか?」
しかし会長はしかめっ面のままピタリ、と静止してしまった。
「……」
「あのー、会長、」
「……羽田になにさせるか、決めてこなかった」
「え」
「なにしよっか……きょう」
どうやら、どんな活動をするか、考えてこなかったらしい。
「なにかしないと――アンタら、手持ち無沙汰になっちゃうよね」
「いいんじゃないですかー? なにもしない日があっても」
発言したのは板東なぎささんだ。
「なぎさ――」
「暑くて、動くのもかったるいし」
「だらしないこと言うね。そんなこと言ってたらずっと番組作れないじゃん」
苛立たしそうに会長が言う。
「会長が本調子に戻ったら――作ればいいと思うんですけど」
「あ、アタシが本調子でないってどうして思うの、なぎさは」
苛立ちと、焦りだ。
「なにも考えてこなかったってことが、本調子じゃない証拠です。
いつもだったら、休み明けなんだし、ノート1冊まるまる使うぐらい、いろんな番組のアイデアを書いて持ってきてるはずです。」
たしかに。
「でも、そうじゃない。
わかります。大変なんですよね、会長。
KHKのことばかり考えてればいいってものじゃなし。
3年の、この時期になると、いろいろと…」
たしかに、そうだ。
KHKでの番組制作まで、気がまわらなかったのかもしれない。
この1ヶ月、麻井会長は、いろんなことを抱え込んで――。
葛藤があったんだろう。
家出したことを、板東さんと黒柳さんは知っていない。
ぼくと会長だけが、秘密を共有している。
ぼくたちの邸(いえ)を頼って家出してきた会長の、尋常じゃない様子を知っているから、彼女の苦しみや痛みが人一倍わかる…なんておこがましいだろうか?
彼女の弱さを見た。
弱さを、垣間見てしまったら、どうすべきか?
彼女の弱さの、埋め合わせをするんだ。
あんなに強い彼女が、いまは、弱い。
助けなきゃ……。
「板東さん、黒柳さん、たまには、会長任せじゃなくて、ぼくたちだけで企画を考えてみませんか?」
「羽田…」
会長に微笑(わら)いかける。
できるだけ、できるだけ穏やかに。
秘密を共有している関係だからこそ――。
『アタシのことを気遣(づか)ってくれてるの?』といった顔になった会長。
ちょっとだけ、あどけない、と思ってしまった。
「じつはぼくも、そろそろそういう時期が来てるんじゃないかって思ってたんだ、羽田くん」
「黒柳さん」
「ぼくたち下級生だけで、番組を作り上げることも、できないとね。
会長も、あと半年で…卒業だから」
現実。
会長があと半年で、ここからいなくなる、という現実。
「ぼくはKHKを続かせていきたいと思っていますよ、会長」
力強さのこもった声で黒柳さんが言う。
「だから…ぼくたち下級生が、しっかりしなくちゃならない」
黒柳さんの意志の強さに気圧(けお)されて、弱ってしまったような顔を見せる会長。
弱った顔に、小学生みたいなあどけなさが見え隠れする。
だけど、弱ってはいるけれど、
『黒柳(クロ)がそう言ってくれて、うれしい』
内心、そう思っていそうな気がして。
口元が、うれしさで、ほころんでいるようにも見えた。
「いまの、会長の顔…、すごく、やさしい顔」
板東さんが指摘。
「はあっ!? やさしい顔してるって、アタシが!? どこが」
反発しつつも、うわずった会長の声にいつもの殺伐さはなかった。
会長のトゲが――取れかかっている。
トゲが、なかったらなかったで、さみしい気もしてしまうが、
会長がやさしくなるということは――成長の引き換え、なのだろうか。
成長の引き換え、なんて、
年上の女子(ひと)に向かって、上から目線で、変な気もするけど。
でも――彼女のなかで、着実になにかが変わっている。
× × ×
「でもわたしたちだけで番組制作するとして、どんな企画やろうか?
なにか思いつく? 黒柳くん」
「急には――」
「はぁ」
「ごっごめん、ため息をつかせるようなこと言っちゃって」
「――わたしたち、もっとちゃんとしないとダメだね……」
「ほんとだね……」
「……あのね」
「?? な、なんなの、板東さん」
「よくきいて、黒柳くん」
「えっ――!」
「あのね……」
「――」
「……あしたとあさっての、更新はお休み」
「――!?」
「察して。ブログの更新のことだよ」
「あ、ああ、楽屋落ちってヤツだね」
「管理人さんからメッセージ」
「そんなのがくるんだ」
「読み上げるから、黙って聴いて。
『少し更新の間隔が空(あ)くので連絡します。
木・金は休みますが、土日のどちらかに更新する予定でいます。
たぶん、日曜だと思います。
あと、台風にはじゅうぶん気をつけてください。』
――台風の被害が心配な地域のひとも気遣ってるんだね。
管理人さんって、やさしいね」
「そ、そんなにやさしいのかなあ??」
「疑問!? 黒柳くん」
「だって――」
「だってなによ」
「板東さんは――きびしいよね」
「そうね」
「否定しないんだ」
「そうね」
「こわいなあ」
「なんかいった!?」
「…きこえてたか」