「もうすぐ12月ですし、次の番組企画を決めちゃいたいですよね?」
板東さんと、黒柳さん――KHKの先輩ふたりに、言うぼく。
しかし、先輩のふたりは、軽く微笑んで、なにも言わない。
「ど……どうしたんですか」
「羽田くん」
板東さんが口を開いた。
「あのね」
「……はい」
「わたしと黒柳くん、12月いっぱいで引退しようと思う」
微笑みを崩さない……ふたり。
……そうか。
いずれは、言われるときが来るんだと、思っていた。
そのときが……やって来た、わけだ。
「わかりました。……年が明けたら、すぐ受験、ですもんね」
こんどは、黒柳さんが、
「まあ、そこが、主な理由だよね」
肩をすくめ気味に、
「慌ただしくなるし……なにより、ぼくは、もっと勉強して、志望校に引っかかるようにしなきゃ、だし」
彼の横で、板東さんが笑いながら、
「偏差値上げなきゃ、本気でマズいもんね、黒柳くんは」
「うん……板東さんの言うとおり。せっかく、やりたいことが学べる大学が見つかったんだから」
なるほど……だが、
「おふたりは、どんな進路をデザインされてるんですか?」
興味があったので、訊いた。
すると板東さんは、含みを含みに含んだ笑い顔で、
「――そこは、ひみつのナギサちゃんだよ」
「――秘密なんですね。教えてくれないんですね」
「教えてあげるとしたら、無事大学に受かったあとだな」
「板東さんの志望大学って」
「んー、言っても、いいんだけどさ」
なぜか彼女は、横の黒柳さんに、眼をこらす。
『どう思う? 言っちゃうべき?』というメッセージを、アイコンタクトで送っているみたいだ。
黒柳さんは、彼女に目線を合わせつつ、
「志望大学のことも、いまは、大事に『しまって』おいたら? ――板東さん」
「そだね。情報開示は、また来年にでも」
……そして、引退宣言の先輩コンビは、互いに微笑み合う。
なんだか、雰囲気いい。
「ぼくも、志望校や、希望の職種は、秘密だ。ごめんね羽田くん」
「いえいえ、いいんですよ黒柳さん」
なんとなく……彼の『学んでみたいこと』が、透けて見える気もするけど。
「ひとつ――大きな問題があるんだよねえ」
「大きな問題、ですか? 板東さん」
「そう、大問題があるよ、羽田くん」
「と、いうと……」
「わたしと黒柳くんが、抜けるでしょ?」
「はい」
「抜けたら、3学期、ウチの会員は、計何名になる?」
「それは……計1名、ですよね」
「羽田くんひとりぼっち、ってことじゃん」
「はい……年度が変わるまでは、そうなりますよね」
「……意外と、危機感ないんだね」
「ほかのひとにも、指摘されていたことですし」
「ほかのひと?? だれ??」
「えーと……放送部の、猪熊さんとか」
徐々に不穏な眼つきになっていっている板東さんが、
「仲、いいの? ……猪熊さんと」
「い、いいえ……仲がいい、というわけでは、ないと思います」
「……相変わらず」
「?」
「……相変わらず、女子と絡みまくってるね」
「相変わらず、って。絡むというより、絡まれてるほうなんですが、ぼく……」
「あー、たとえば、サラちゃんとかに」
「はい……北崎元部長には、よく」
「そして、現部長の猪熊さんにも」
「彼女には、絡まれてるというより、攻撃的に当たられてる、と言ったほうが……正確かも」
「……現在の放送部ナンバー2の小路(こみち)さんにしたって、羽田くんに興味しんしんなんでしょ?」
「それ……どこから、情報を!?」
板東さんはボソリと、
「……モテ男。」
勘弁してほしいですねえ……。
ひとりぼっち問題のことから、脇道にそれてきてるし。
それは、そうと。
それはそうと……だ。
ある『下心』が、ぼくのなかに芽生えてきている。
抑えきれない……欲求。
こんどは、こちらから――先輩コンビに、ニッコリと笑いかける。
キョトン、とするのは、黒柳さん。
対して、板東さんは、困惑の色。
おずおずと、板東さんが言う、
「その笑顔……なに? ハンサムフェイスでそんなに笑われると、調子狂うんだけど」
「会長」
あえて、板東さんのことを、「会長」と呼んでみる。
呼びかけてから、
「ひとりぼっちで下校することを――許してもらえますか」
「え!? 羽田くん、もう帰っちゃうつもりなの!?」
テンパる「会長」。
……ぼくは、隣同士で椅子に座っている、『彼女』と『彼』に、ジックリと視線をそそぐ。
そして、
「たまには――いいじゃないですか」
「いいじゃないですか、って――羽田くん??」
ぼくは――「会長」の『彼女』に、わざとらしい口調で、こう言うのだ。
「――早退しますから。
だから、満喫してください、『ふたりぼっち』を。
貴重な、『ふたりぼっち』の、ひとときを――」