はい。
利比古です。
12月、ですね。
はい……。
× × ×
「寒いですねえ」
「なに言ってるの、羽田くん」
「え……」
ぼくを圧倒する勢いで、板東さんが、
「寒いとか言ってる場合じゃないでしょ。番組を考えようよ、番組を」
とおっしゃる。
「番組……次の番組、ですか」
「そう」
シュバッ、となぜか彼女は立ち上がって、なぜか人差し指でぼくを指差して、
「これからは、羽田くん、あなたが企画を起(た)ち上げていくんだよ!」
ああ……。
そうなんだよなあ。
板東さん&黒柳さんの引退宣言が、すでに出されている。
必然的に、ぼくがKHKを引っ張っていくしかなくなる。
引っ張っていくといっても、先輩コンビが引退したら、KHKの会員、ぼくしかいなくなるんだけど。
「ぼく主導の番組作り……ってことですね」
「主導ってレベルじゃないよ。ほとんどあなたひとりで、やらないと」
「苛酷だ」
「苛酷とか言ってる場合じゃないっ。――ねぇ? 黒柳くん」
黒柳さんに背中を向けたまま、板東さんは言う。
――黒柳さんは穏やかにうなずき、
「板東さんやぼくのサポートが最小限になっちゃうのは、意識してもらわないといけないね」と念押し。
「――意識、というより、覚悟だよ、覚悟。羽田くんには、ひとりでなんでもこなしていく覚悟が必要。……そうだ、黒柳くん、いまのうちに、カメラの使いかたとか、羽田くんに指導してあげたら?」
「ああ。それ、いいね」
「でしょー?」
「いいんだけども……」
「……なによ」
「……どうして、板東さんは、終始、ぼくに背中を向けて話しているの?」
黒柳さんと同じこと、思った。
きょう、板東さん、黒柳さんの顔をいっさい見ないまま、KHKで過ごしているんじゃないのか……?
「板東さん。振り向いてあげたら、どうですか?」
心持ち目線が下向きになる彼女。
レスポンス、なし。
「背中を、向け続けるって。新しいスタイルのコミュニケーションっていうには……無理がありますよ」
「フ……フフッ」
笑うところじゃないでしょーがっ。
板東会長ッ。
「……笑ってないで、振り向いてあげてくださいっ!」
……振り向いてあげるどころか、徐々に【第2放送室】の出口に近づいていき、彼女は、
「わたしと番組のネタ探しに行こっかぁ、羽田くん」
「いやおかしいでしょ」
「なんでそんなことゆーのかな、羽田くんは。どこもおかしくないし」
「板東さん……さっき、『カメラの使いかたを指導してあげたら……』って、黒柳さんに言ってましたよね? それなのに、『わたしといっしょにネタ探しに出よう』なんて、完全に矛盾してませんか?」
彼女は、ドアノブを、握りしめ……、
「か、カメラは、あとでっ!!」
と、ヒステリックな声を出す。
× × ×
夜、じぶんの部屋で、椅子に座って、きょうのKHK活動の振り返りをする。
……板東さんが乱調だった印象がほとんど。
やれやれ。
板東さんのことばっかり、気にかけてる場合じゃ、ないんだよな。
次の企画だ。
次の番組企画を、考えるんだ。
自力で。
自力でアイデアをひねり出すしか、ないんだ。
追い込め、じぶん自身を。
勉強机にノートを広げる。
……桐原高校の歴史に、関心があった。
わが校には、かなりの伝統がある。
ルーツをたどれば、1920年代に行き着くという。
創立◯◯周年記念誌のたぐいを、少しだけ閲覧したこともあるのだが……問題は、わが校の歴史の『なに』をクローズアップするのか、だ。
クローズアップ桐原。
とにかく、ノートに、興味のある事項を、ひたすら書き出していこうとする。
× × ×
ノートの見開きが埋まるぐらい、書き出せた。
書き出せたけど、さすがに、手が疲れた。
肩も、こり始めている。
なにか口に入れたら、回復するかな……と思い、飲みもの目当てに、冷蔵庫のある階下(した)のダイニングへと向かうことにする。
階段へと続く、廊下。
……そこはかとない違和感に、気づく。
あすかさんの部屋。
推薦入試に無事合格したばかりの、あすかさんの部屋。
その部屋から……、
あすかさんと姉が、言い争う声が……聞こえてきたのだ。