おれは瀬戸宏(せと こう)。
とある高校の3年生。「スポーツ新聞部」という部活の、副部長をしている。
2学期が始まった。
比較的負担が少ない文化部ゆえ、スポーツ新聞部に「引退」という概念はない。
卒業まで勤(つと)め上げる。
そうはいっても、受験生なのである。
迫る大学入試に向けた勉強と、両立を果たさなければならないのである。
おれだけではない。
同じ3年の岡崎竹通(おかざき たけみち)と一宮桜子(いちみや さくらこ)にしてもそうだ。
とくに、桜子は部長なので、負担が大きいかもしれない。
放課後の活動教室。
新学期の一発目の部活、
ながら、やはりというかなんというか、桜子は受験参考書とにらめっこしていた。
スポーツ新聞のことはそっちのけ、といった感じだ。
1学期の終わり頃から、受験に向けて切羽詰まっている雰囲気はあった。
意識が高いのは、いいことだが――。
「お~い、部長」
「ほやっ!
――な、なんなの!? 瀬戸くん」
一心不乱の桜子に声をかけたら取り乱した。
にしても「ほやっ!」ってなんだよ、「ほやっ!」って。
「『なんなの!?』じゃないよ。
部長として、きょうの指示を出してくれよ。」
「ん……」
おいおい、悩むなよ。
「……とりあえず、みんな、お昼ごはん食べた??」
ギャグ…だと?
ギャグで言ってるとしか思えない桜子発言の影響で、あたりに微妙な空気が立ちこめる。
「昼飯は新聞と関係ないだろ。」
愚痴るように、岡崎がつぶやいた。
桜子のほうを向かずに。
非常にそっけない態度だ。
そんな岡崎を、横目でにらむ桜子。
「岡崎くん、ヒマそうね。」
――しかし、岡崎をあおりつつも、その表情には焦りがチラチラと見受けられた。
ただひとり気を吐いているのは戸部あすかさんで、新学期早々いきなり大量の原稿を持ってきていた。
「休みで時間があったので、はりきっちゃいました」
あすかさんの活動はスポーツ新聞部だけにとどまっていない。
なんでも『作文オリンピック』なるものに応募するとか言っていたし、そのうえ彼女はロックバンドでギターを弾いているのだ。
おそらく彼女のバンドは、今月末の文化祭で演奏するのだろう。
バンドとおれたちの部活の掛け持ち状態だというのに――なんというバイタリティであることか。
「藤川球児が引退を発表したので、記事を書いていたら、とっても長くなっちゃって」
「引退らしいね。しょうじき、ピンとこないけど」
野球のことだからなあ。
「え~っ、藤川球児ですよぉ? 瀬戸さぁん」
ぴ、ピンとこないと、まずかったのかな。
「名投手じゃないですかー」
「阪神…だよね?」
「そこからですか!?」
うっ。
「…おねーさんに言わせると、藤川球児は、『文学的な野球選手』なんだって」
「『おねーさん』??」
「そこからですか!?」
「ん……『おねーさん』って、だれのことだっけ」
「やだなー瀬戸さん知ってるはずですよー。愛さんですよ、愛さん。わたしの邸(ウチ)の愛さんです」
5秒考えて思い出した。
「――あすかさんちに居候してる子だったよね。きみのひとつ上で」
「ようやく思い出しましたか」
「ごめんよ……」
「瀬戸は――夏祭り、おれたちと一緒じゃなかったよな」
おもむろに岡崎が、口を開いた。
「いっ、一緒じゃなかったけど……それが…どうかしたか? …いきなり」
若干しどろもどろになりながらも、答えた。
おれが焦り気味になっているのには理由があるのだが――いまは後回しだ。
あすかさんが、『なにを言い出すんだこのひとは』といった目つきで、岡崎を見ている。
『そんなこと、わざわざここで言わなくてもいいじゃないか』
『言ってほしくなかった』『触れてほしくなかった』
そんな意思が、あすかさんのただならぬ雰囲気から漂ってくる。
岡崎のほうでも、あすかさんの異変を察知したらしく、
「いや、羽田愛さんとは、夏祭りで一緒のグループだったからさ。おれは知ってるよ、ってだけだよ。――やめやめ、この話題」
強引に話を打ち切る岡崎。
なにか違和感がある。
なにか不自然だ。
「――陸上部でも、みてくるかな」
そのことばを口実に、岡崎が席を立ち、活動教室を出る。
だが、その足取りはぎこちない。
らしくないんじゃないか――岡崎。
そんな苛立ちが、おれに芽生えてくる。
その苛立ちに呼応するように、出ていく岡崎を見届けたあすかさんが、
「一緒のグループだったって……ウソばっかり」
と、意味深なつぶやきを残す。
「あすかさん」
「……」
「夏祭り…岡崎も来たんだね」
「はい。わたしが誘った――とだけ、言っておきます」
「わかった。
もう追及はしない。」
「瀬戸さんは優しいですね。
岡崎さんとは大違いです」
「…………そうかなぁ」
「優しくしてくれたお礼に、瀬戸さんにだけ、いいこと教えてあげます」
「え? 何」
「阪神タイガースのことなんですけど、」
「うん、」
「『阪神OB』でなおかつ『投手出身』の阪神の監督は、村山実さんまでさかのぼらないといけないんですよ」
「……そ、そうなんだ」
「ピンとこない、っていう顔ですね」
「うう……」
「まあ誰得情報ですから」
「ま、まあ、テストとかに出るわけではないからね」
「テストに出たら面白いですけどね~」
「そ、それはないよ」
「でも◯イリースポーツの入社試験には出るかもしれませんよ」
「ありえるな…それは、十二分に…」