新学期になって、髪を少し切った。
同級生の奈美は、
「似合ってるじゃん、でも、なんで?」
と言ったが、
「なんとなく」とわたしは答えた。
「あいまいな表情だね」と奈美。
「あいまいじゃないよ」とわたしが突っぱねたら、
「ふ~~ん」と奈美は少し笑った。
「心境の変化?」とか、
てっきり訊かれると思っていたけど。
× × ×
スポーツ新聞部の新体制も始まった。
部長が桜子さん、副部長が瀬戸さんで、岡崎さんとわたしは平(ヒラ)だ。
中村前部長が抜けて部員が4名になったので、当然ながら人員を補充したい。
新入生がいい。
ただ……。
「来ないねえ、新入生」
ため息をつきそうな勢いで瀬戸さんが嘆く。
「なんでなんだろう?」
岡崎さんも嘆く。
「それは岡崎くんの努力が足りないからよ」
「なんだとーっ、桜子」
岡崎さんは本気では怒っていないけれど、それにしても相変わらず、桜子さんは岡崎さんには厳しい。
「努力って…なんなんだろうな」
苦笑いする瀬戸さんに、
「そうね、難しいよね、瀬戸くん」
相変わらず瀬戸さんには優しい桜子さんであった。
× × ×
「ねえわたし考えたんだけど」
「何ですか? 桜子さん」
わたしが問いかけると、
「プロスポーツが軒並み休止になっているでしょう?
従来、わたしたちが取り上げてきたスポーツの話題だけでは、紙面の間(ま)が持たないと思うの。
それで、新分野を開拓したらどうかな、って」
「新分野!? 新しいスポーツですか? でもどんな…」
そうわたしが戸惑っていると、桜子さんは小さく息を吸って、
「例えば……将棋なんてどうかな、って」
「将棋!? 将棋はスポーツなのかよ!?」
岡崎さんが疑問をあげると、桜子さんは心外そうに、
「将棋はeスポーツより何百年も歴史があるスポーツなのよ!」
と応戦する。
「たしかに、新聞には必ず将棋欄と囲碁欄が載ってるよな」
瀬戸さんが助け船を出すと、
「そうでしょ!? 紙面が充実するでしょ!?」
桜子さんが上機嫌になる。
「あのー、いいですか」
「なぁに? あすかちゃん」
「もしかして桜子さん……将棋ができる子に、心当たりがあったりするんですか?
新入生に将棋が強い子がいて、その子に将棋の記事を書いてもらうとか目論んでるんじゃ…」
「どうしてわかるの、あすかちゃん……」
「な、なら初めからそう言えよ!?
話が回りくどいぞ桜子」
そうツッコむ岡崎さんに、桜子さんはとても不満そうに、
「ムッ」
「ムッ、ってなんだよ、ムッ、って。
だいいち、将棋が強いのなら、将棋部に入るだろ、将棋部に」
「ーー岡崎くん、『かけもち』って言葉、知ってる?
それにわたしは、そういう新入生の子と、もうコンタクトを取っているの」
いきなりの部長発言に、衝撃に包まれる活動教室。
「もうすぐその子がここに来るわ」
わたしはあっけにとられつつも、
「男の子ですか? 女の子ですか?」
「男の子よ、あすかちゃん」
ーーすると、活動教室のドアのガラス窓に、人のシルエットが浮かんだ。
タイミングよく、桜子部長が手配したという、将棋の強い新入生の部員候補がやってきたのだ。
ノックもせず、ガラガラとドアを開けて、「彼」は入室してきた。
「ちーっす」
なんというか……悪そうな男の子だ。
昔の言葉だと……ヤンキーって言葉があてはまっちゃいそうな。
学ランのボタンは全部外れてるし、ズボンもだぼだぼ、
何よりも、雰囲気が危険を濃厚に帯びている。
この危険な雰囲気ーーたぶん、人を殺しそうな眼つきから来てる。
(い、いや、殺すわけでは、もちろんないと思うんだけどね)
動じない桜子部長は、
「加賀くんね。いらっしゃい」
「……ども」
「あすかちゃん、石川県の旧国名わかる?」
「加賀…、ですよね」
「加賀くんの名字の漢字。」
「あ…なるほど」
そういうやり取りに対し、呆れ果てたような顔で、加賀くんは眼をつむって、
「あのぉ、そういうまどろっこしい会話、やめてもらえますかぁ?」
ギョッとするわたし。
「おい! なんだよ入ってきて早々その態度は!!」
岡崎さん、本気でキレちゃった。
加賀くん、謝らない。
謝ったほうがいいんじゃないかなー、加賀くん……。
桜子さんは、あやしく笑っている。
「加賀…って言ったな?
ケンカなら買うぞ」
「おおおいっ、落ち着け岡崎」
あわてて瀬戸さんがなだめるが、
「おまえは桜子とあすかさんを侮辱した」
なぜか腕まくりし始めた岡崎さん。
ヤバい。
「侮辱って…言い過ぎですって、岡崎さん」
わたしも岡崎さんを落ち着かせようとしたが、
加賀くんは取り合わないように、
「血の気が多いね、センパイ。
誰だか知らないけど」
岡崎さんを挑発するので本気でヤバいと思ったわたしは、
「ちょちょっと加賀くん!
火に油注いじゃダメッ!
ホントのホントにボコボコにされるよ!?」
急いで加賀くんを言葉で鎮(しず)めると同時に、
ひとりでに、彼の両腕を握っていた。
もちろん、加賀くんを静止させるために、握ったのだ。
すると、加賀くんはーー生まれてはじめて戸惑ったみたいに戸惑って、
わたしが握った両腕を離そうともしなかった。
わたしは加賀くんのキツーい眼をまっすぐ見て、
「将棋、得意なんでしょ?
将棋で決着、つけたら?
ケンカより将棋のほうが平和でしょ」
加賀くんは、生まれてはじめてうろたえたようにうろたえて、
「将棋は……、そんな甘いものじゃない」
わたしは加賀くんから眼を離さずに、
「そう言うってことは、将棋が本当に好きなんだね、心から」
「どうしてあんたにわかる……、
わかってたまるものか」
わたしは優しく、
「そっか。
ごめんね。
でも、ケンカ売ったのは、キミの責任だよ?
岡崎さん、将棋指せるから。
七番勝負。
七番勝負しなさい。
それで1局でもキミが負けたら、キミが謝って、ウチの部員名簿に名前を書くんだよ。
七連勝する自信くらい、あるでしょう?
加賀くん。」
岡崎さんは右の握りこぶしをワナワナと震わせている。
説きふせられて、加賀くんはうつむきがちに、わたしから両腕をようやく離した。
そしてぶっきらぼうに、
「…将棋盤と駒はあるのかよ」
「もちろん。
ーーいいですよね? 桜子さん」
同意する桜子さん。
……は~~~~~~~~~~~~っ。
反抗期の男子中学生をなだめてるみたいな気分だった……。
(実際に中学生をなだめたことは、そりゃあ、無いけど、ね)