こんにちは! あすかです。
久しぶり、じゃないかな?
10日間ぐらいわたし、『浮上』してなかったような気がするんですけど。
『浮上』するってなんなのかは別として、
わたしをあんまり干さないでね――、
だれとは、言いませんけどね!
× × ×
日本シリーズで、一方的な試合内容で3連敗を喫している読売巨人軍。
「張り合いがないわね」
単語帳とにらめっこしながら、スポーツ新聞部部長の桜子さんが言う。
「……器用ですね」
わたしが思わず言うと、
「器用かしら?」
「英単語覚えながら、野球語ってる」
「こんなの、朝ごはんの前よ」
「そうですか……」
「桜子はパ・リーグびいきなのか?」
瀬戸さんが問いかけてきた。
「別にそういうわけでは」
「でも巨人を『張り合いがない』って」
「セ・リーグとかパ・リーグとか、そういう以前の問題なの、『張り合いがない』っていうのは」
「んー」
なにかを思案するように、人差し指を顎(あご)のところに当てたかと思うと、
「そういえばさ」
「…瀬戸くん?」
「おれ――桜子の推し球団、まだ知らなかった」
「…『推し』ってなによ」
「つまり、どの球団のファンなのかってことだよ」
ビクン! とする桜子さん。
「なんなんだよ、そのリアクション」
「……」
「好きな球団、晒(さら)したら不都合でもあるのか?」
「な、ないからっ」
「じゃあ教えてくれよ、桜子の好きな球団」
「……やだっ、教えない」
桜子さん、スポーツ報知で、顔を隠してしまった。
「なんだ、巨人ファンなのか」
「ちがう、報知がたまたまそこらへんに放置されてただけ」
「報知が放置……部長もダジャレのセンスあるんだな」
そう言ったのは、なんと加賀くんだった。
「ひゃあっ加賀くんわたしたちの会話聴いてたの!?」
「……わざとらしく驚くなよ、あすかさん。ちゃんと聴いてたよ」
仏頂面で加賀くんが答えた。
「加賀もちゃんと進歩してるんだな、もう思い残すことはない」
「なんだよそれ、副部長……」
「副部長?」
「あんた副部長だろーが」
「わっ忘れてた、加賀のおかげで思い出した」
瀬戸さん。
副部長の自覚を持ってください。
あと少しだけ。
× × ×
桜子さんが顔を隠しているスポーツ報知を見て、ここまで追い詰められると巨人にも同情しちゃうなあ……と思っていると、
活動教室の扉がノックされた。
わたしが扉に近づいて、「どうぞー」と声かけすると、
扉がゆっくりと開いて、3年の四日市ミカさんの姿が現れた。
四日市ミカさん。
彼女は、サッカー部のマネージャーのトップ、だった。
過去形なのは、サッカー部が試合に敗れ、3年生がすべて引退してしまったからである。
3年生最後の試合の一部始終を、競技場でわたしは観ていた。
いろいろと――考えることの多かった試合だった。
「岡崎くん、いないの? 岡崎竹通(たけみち)くん」
「岡崎に用なのか? あいつきょうは欠席だ」と瀬戸さんが応対する。
欠席の理由を問うこともせず、四日市さんは、
「そっか――。
――岡崎くんに、『ありがとう』って言いたかったの。それだけ」
キョトンとする瀬戸さん。
踵(きびす)を返そうとする四日市さん。
でも、わたしは引き留めたくて、
「四日市さん。少しだけ、ウチであったまっていきませんか?」
「わたし、部外者だし…」
「部外者もけっこう来るので、この教室」
「そうね。四日市さんの先輩のマオさんなんか、しょっちゅう来てたわね」
いつのまにかスポーツ報知で顔を隠すのをやめていた桜子さんが、過去を懐かしがるように言う。
「わたしは…マオさんじゃないんで」
「まぁまぁ、そう言わずに」とわたしは言って、「ほらほら」と四日市さんの手を引っ張って、椅子に誘導する。
「ほんとにもう……あすかちゃんもゴーインなんだから」
「一度、スポーツ新聞部の教室での活動風景を、四日市さんにも見てもらいたかったんです」
「ホントにぃ?」
わたしは黙って微笑みかける。
「……ちょっとだけよ」
椅子に座って、ひとしきり教室を見回して、
「ねえ、3年生は、いつまで部活続けるつもりなの?」
と、四日市さんが疑問を提示する。
提示された疑問に対して、桜子さんが、
「卒業まで、かな」
と返答する。
「そういや、とくに決めてなかったな」
と瀬戸さん。
これからも、いつ引退する、とか、決めるつもりはないんだろう。
なんてアバウトな。
でも……こういうアバウトさがいいんだ、ウチの部活は。
「卒業するまで引退しないっていう部活――たぶん、あんたたちだけだよ」
「びっくりしたの? 四日市さん」と桜子さん。
四日市さんは、「ううん」と首を振って、
「ただ……タフだなあ、って」
「タフなのかしら、わたしたち……」と自問自答のように言う桜子さん。
「タフって、そんなに打たれ強い自信はないぞ……」と戸惑う瀬戸さん。
不意に、四日市さんが立ち上がって、桜子さんの席のほうに歩み寄る。
「一宮(いちみや)さん、部活やりながら、受験勉強してるんだ」
「置かれた状況的に、マルチにがんばらないと……」
「やっぱり、タフだね」
「あ、ありがとう」
「一宮さん、どんな単語集、使ってるの?」
「気になる? 見せてあげるわ、はい、これよ」
桜子さんから単語集を受け取る四日市さん。
受け取った途端に、
四日市さんの顔が、どんよりと曇っていくのを――、
わたしは、見逃さなかった。