【愛の◯◯】二歩とリア充

 

加賀くんは、みごとに、作文の課題を椛島先生に出すことに失敗した。したがって、加賀くんのスポーツ新聞部入部が決まった。

1年生部員を確保できたものの、これで一件落着、とは行かなそうだ。

 

× × ×

 

わたしは加賀くんと将棋を指している。

もちろん駒落ちで。

自慢じゃないけど、おねーさんより将棋は強い。

というより…おねーさんが将棋に弱すぎて…そもそも、自慢にもならない……。

 

それでも、懸命にコミュニケーションを取ろうとして、加賀くんに将棋を指してもらっているのだ。

 

きょうの放課後、加賀くんはいつもよりなお一層気怠(けだる)そうに入室してきた。

月曜日だから?

「わたしも将棋の理解を深めたいから……指導対局やってくれない?」というずいぶん無理くりな申し出を、彼は渋々受け入れた。

 

加賀くんはほんとのほんとうにダルそうな感じでわたしと対局している。

「――ダルビッシュが無理やり将棋をやらされたとしても、今の加賀くんよりダルそうにはならないと思う」

「――は? 意味分かんないこと言わないでくれよ対局中に」

冗談だけでなく、ダジャレやギャグも、彼には通じなさそうだ。

そもそも彼はダルビッシュ有を知らないのではないか。

…唯一、駒の打ち方だけがサマになっている。

さすが将棋のプロ……。

「駒の打ち方はプロだね、やっぱり」

「あのー、プロ棋士じゃないんで、『プロ』って言い方は、やめてもらえませんかぁ」

しまった。

「しまった」

奨励会……だっけ、そういうシステムがあって、四段以上がプロ棋士だとか、そういう情報は、おぼろげながら知っている。

「加賀くんは…プロは目指さないの」

「もう遅い」

「なんで」

「芽が出なかったから」

「芽、?」

「棋力が……伸びなかったから。というより、これ以上伸びないことを悟ったから」

「それは、いつ?」

「中学時代」

正直加賀くんから「悟り」なんてことばが出るとは思わなかった。

素行は悪くても、案外、精神面はしっかりしているのかもしれない。

初めて会ったときは、反抗期の男子中学生かな? とか思っていたけど。

「そっか、将棋の世界って、厳しいんだね」

「どこの世界でもそうだろ」

「そうかなあ」と、わたしは思わず苦笑いする。

「見切りのつけ方が肝心なんだよ。

 おれは……奨励会の域にも届かなかったから」

「すごい世界なんだね」

と言いつつ、サマにならない手つきで、ぺこんと持ち駒の歩を盤上に打ってみたら、

「はい、あんたの負け」

と、加賀くんが椅子の背もたれにふんぞり返った。

「え……どうして負けなの、わたし!?」

「気づかないのか、思ったよりスジはしっかりしてると思ったのに」

黙って盤上を凝視するわたし。

「二歩だよ、二歩」

「――あっ」

ほんとだ。

歩がある筋に、歩を打っちゃったんだ。

「二歩は反則負けのなかで出現頻度がダントツなんだ。高段者のプロ棋士でも公式戦で犯してしまうほどに」

「解説、ありがとう」

そそくさと駒を片付けようとする加賀くんに、

「こんどから、気をつけるね」

と、意識的に顔を見据えて言ったら、彼はプイッと目を背けたものの、

「…あっそ」

素直じゃないな~。

邸(ウチ)の利比古くんと同学年だけど、まるでキャラが正反対だ。

利比古くんにしたって、素直…というか、従順すぎる面があるけど。

それにしたって、加賀くん、少しは後輩らしく振る舞ったっていいでしょうに。

「ま、いいか」

「ん、なんか言ったか、あんた」

「『あんた』はできればやめてほしいな~~」

終始タメ口は許容するとして。

「名前で呼んで」

「名前…なんだっけ」

「あすか。」

 

「……………」

 

「もしかして、恥ずかしいの?

 そこまで押し黙っちゃうってことは」

 

『強制はよくないわよ、あすかちゃん』

 

こちらに声をかけてきたのは、桜子部長である。

「『先輩』でいいんじゃないの、『先輩』で。

 ね?」

ね? と桜子部長は加賀くんに問いかけた。

「そのうち『パイセン』とか呼びそうで怖いぞこいつは」

岡崎くんはきょうは黙ってて

「えっ……」

 

なにか、言いよどんでいるような感じの加賀くん。

その状態が、しばし続いた。

 

膠着状態になっちゃいそう。

 

あ、そうだ。

漫画の吹き出しで電球が光るように、ピコーン! とわたし、閃(ひらめ)いた。

 

「桜子さん、たしかサッカー部のグラウンドでの練習は、きょうから再開でしたよね?」

「そうよ、工事が終わって」

「じゃあわたし加賀くんと取材に行きたいのですが」

「いいんじゃあないかしら? 行ってらっしゃい」

 

「え、え、おれも……ついてくの??」

 

殺伐とした眼が、戸惑うような眼に変わっている。

 

「ついてくるんだよ。新人研修ってやつ」

そう言って素早くわたしは「後輩第1号」の腕を引っ張る。

「グラウンドってどこにあんだよっ」

「無駄口叩かないの」

「対局中無駄口叩いてたのはあんただろ」

「え~、キミだって結構おしゃべりだったじゃないの~」

わざと、イジワルっぽく言う。

 

× × ×

 

活動教室を出て、グラウンドへ一目散(いちもくさん)だ。

「いい加賀くん? まず取材は部のマネージャーさんを通すの」

「通す??」

「マネージャーさんを窓口にして、取材の交渉するの」

「交渉??」

「話をつけるんだよ。取材してもいいかどうか、とか」

 

そして新装工事の終わったサッカー部グラウンドにたどり着いた。

「いい? ちょっと見てて」

明るく手を振りながら、わたしは四日市ミカさんのところに向かっていく。

 

四日市さ~~~ん!!

「あすかちゃんだ!!」

 

「あそこにいる男子、もしかして、スポーツ新聞部の新入り?」

「そうですよ! 加賀くん! きょうは研修です!」

「会社みたいだね!」

「そうですかねえ?」

「まあいいや。きょうはどんな取材?」

「えーっと、新しくなったグラウンドのこと、それから――」

 

 

 

ひとしきり四日市さんから話は聴いた。

石段に腰掛け、加賀くんと、グラウンドの練習風景を眺める。

ただ、加賀くんはわたしから5メートルぐらい距離をあけて、面白くなさそうに座っている。

「……なにが面白いんだか」

「面白いに決まってるでしょ。いつかわかるよキミにも」

 

左サイドを全速力でぐんぐん上がっていく、わたしがよく知っている背番号とユニフォームに目が留(と)まった。

グラウンドを指で指し示し、

「ね、あのひと、速いでしょ」

「走るのが?」

「わかるでしょ? ダッシュ力があるの」

 

『そのひと』の50メートル走の自己ベストタイムを言った。

とうぜん、加賀くんはこう言う。

「なんでそこまで知ってんだ」

「去年からずっとサッカー部担当だから」

…でもじつは、『この理由』は、はぐらかしに過ぎないのだった。

 

わたしが、夕日に向かって黄昏れるような顔になっていたかどうかは知らないが、加賀くんが、若干震えたような声で、

「お、おいどうしたんだあんた」

「――ん?」

「『ん?』じゃないって。唐突に黙りこくって」

「そんなだった? わたし。

 ゴメンね」

「もしかして、さっきおれ、訊(き)いちゃいけないこと訊いたのか?」

「なんのこと?」

「とぼけないでくれよ…」

 

この子のタメ口は、しばらく治らなそうだ。

それはそうと――。

「ハルさんっていうんだけどね」

「はぁ」

「3年生。

 ダッシュ力抜群」

「それ、さっきも言ってたろ」

「そうだね」

いったん、とぼけたように相づちを打って、

それから、

「ハルさん、彼女持ちなの。――残念ながら」

 

 

 

 

文字通り絶句する加賀くん。

 

 

 

 

「あんた――」

「『あんた』が口癖なんだね、キミ。

 よくわかった。

 それでね。

 ハルさんの彼女さんは、すっごーーく美人なの。

 残念ながら。」

 

 

 

 

――また、しばし絶句したと思ったら、眼を丸くした後輩第1号くんは、

……リア充かよ

と、まさに言葉を吐き捨てるように、つぶやいた。

 

 

 

 

 

「――たしかにリア充でも、わたしは爆発してほしくないけどな~」

「はぁぁ!?」