さいきん、男子女子問わず、下級生から、声をかけられることが多い。
登校中に、『あすか先輩、おはようございま~す』、
下校中に、『あすか先輩、さよなら~』、といったふうに。
どうして?
× × ×
「それは、憧れられてるんですよ」
会津くんがズバリ。
「憧れられてるのか……でもまた、なんで」
「心当たりないんですか? 戸部先輩」
会津くんのメガネがギラリ、と光ったような気がする。
「理由なら、いっぱいあるとボクは思うんですけど」
「た、たとえばっ」
「まず、『作文オリンピック』銀メダルのインパクトのすごさですよね。それから……つい先日の文化祭での、ギター演奏。ボクもステージ観てましたが、すごい迫力でした。それからそれから……」
「それからそれから……って、まだなにかあるの!?」
慌てるわたし。
アワアワしてるわたしに、
「つまり、『スター』なんですよお、あすか先輩は」
いきなりヒナちゃんがそう言ってくる。
スター!?
「この学校の『スター』に、いちばんふさわしいですよね~」
戸惑っちゃうよ。
わたしが……スター、だなんて。
「わっわたし、スターなんて器じゃないし」
「……血は争えない」
「!? なにを言い出すのヒナちゃん」
「お兄さんのアツマさんの、スター性を、あすか先輩が引き継いでる」
あ~っ。
なんでこう、兄は、みんなにとって眩しいんだろう。
妹から見ると、スターとかカリスマとか、ぜったいそんなんじゃないよ、兄は。
「きょうだい揃って憧れられる存在って、すごいですよね~」
こんどはソラちゃんが追い打ちをかける。
「すっ、すごくない、すごくないって、どっちも」
アワアワ否定するわたしだったが、
「謙遜しないでくださいよー、もっと誇らしくしたって」
ソラちゃんはそう言い、「ね?」とヒナちゃんとうなずき合う。
「……憧れられる云々の話は置いといて、」
わたしはヒナちゃんを見て、
「おやつタイムにでもしよーよ」
きっと……ヒナちゃんが、アメちゃんなりチョコなりクッキーなりグミなり、出してくれるんだと期待して。
しかし、おやつの期待は裏切られてしまった。
「あすか先輩――合宿で、決めませんでしたっけ?」
「決めた?? なにを――」
「水曜日は『ノーお菓子デー』にするって。だからあたし、きょうはお菓子持ってこなかったんですけど」
ガガーン。
た、たしかに……そうだった。忘れてた。
決めたんじゃん、水曜はお菓子、ガマンするって。
「そっか……これから水曜は、おやつタイム無しになっちゃうんだよね……無しでも、べつにどうってことないんだけど……」
頭を抱えつつ、フラフラと、加賀くんが駒を並べている将棋盤に接近する。
「なにすればいいんだろ……困っちゃったな」
加賀くんがピシャリ、と駒を打って、
「まずは取材だろ? あすかさん。新聞づくりにつながることしないで、なにするってんだ」
ドンピシャリの正論が……まさか、加賀くんの口から出るなんて。
「はーっ。……加賀くんの言うとおりなんだよね」
「椅子に座るヒマなんてねーぞ」
将棋の対局相手みたく、加賀くんの真向かいの椅子に座ったわたしは、
「ねえねえ、キミもいっしょに取材に行かない? まずは取材だろ、って言ったからには」
「おれは将棋盤に取材してんだ」
えっ。
加賀くんが、面白いこと、言った。
「そういう、面白いことも――言えるようになったんだね」
愉快な気分になってきた。
「キミもキミなりに、成長してるってことか」
「……なんだそれ」
「お姉さんは嬉しいな~っ」
ぬなっ、というリアクションを見せる加賀くん。
駒を持つ手が止まる。
「……気色悪い。なにがお姉さんだ」
「わたしがキミのお姉さんになっても、嬉しくない?」
「あったりまえだっ」
ふふ……。
「じゃあ、だれがお姉さんになったら、嬉しいんだろ」
「はあ!?」
「たとえばさぁ――椛島先生は? あーっ、接点はいろいろとあるんだけど、歳が離れすぎちゃってるか」
彼は軽く舌打ち。
お構いなしに、
「小野田生徒会長は、どう?」
「どう? ってなんだよっ。どーもこーもねーだろが」
「小野田さんじゃ、ないんだね」
「なにひとりだけで納得してんだ……?」
「なら、サッカー部マネージャーの大垣さん」
「大垣さんが、どうした……」
「大垣さんも違うかー」
わざとらしく、腕を組んで、笑う。
「……だれがお姉さんになったら……とか、そんなにあんたは、おれを年上好きキャラクターに仕立て上げたいんか」
「えっ、キミは元から年上好きなんじゃないの」
黙(もく)する加賀くん。
わたしの指摘が、図星でズボリ。
「――徳山さんがさぁ、ホメてくれてたよ、キミの将棋欄。『いろんな将棋格言を知っててスゴい。引退した棋士のことまで詳しいのもスゴい』って」
「……」
「あちゃーっ、唐突に徳山さんの名前出したから、困惑しちゃってるか~」
「……」
「加賀くん。ひとつ、アドバイス」
「……」
「グズグズしてると、あっという間に卒業しちゃうよ、彼女。グズグズしてたら、離れていっちゃう――それでもいいの?」
そっぽを向いていても、苦々しい顔になっているのが、ハッキリとわかる。
「離れるというか――『とられちゃう』」
いまだ鮮明な、文化祭フリーダンスの夜の情景を、想い起こしながら――、
「彼女を見てるのは――キミだけじゃない」
椅子を蹴飛ばすような勢いで立ち上がる。
横顔だけをわたしに見せて、
「空気読めよ……あんた」
「空気読んであげなかったのは、合宿不参加のペナルティ」
「わけわかんねえよ。おれをからかいたいだけなんだろ」
全員の視線が加賀くんに集中している。
「…取材!」
加賀くんは……外に飛び出していく。
× × ×
「加賀先輩が少しかわいそうな気もしますけど」
「だよね……会津くん。だから、ちゃんとあとで埋め合わせる」
「アフターケア的な?」
「そのとおり。からかいすぎてゴメンね、って、彼が戻ってきたら謝る」
「もしかして、謝ることまで――」
「そう。必ず怒るだろう、彼は……って確信してたし」
窓を開け、外からの空気を味わいながら、秋の色に染まった樹を眺める。
「怒らせても……言うべきことは言うべきだって思ってたから。先輩としてのケジメでもある。きちんと、現実を伝えておかないと、ってね。わたしだって、グズグズしてたら、伝えることを伝えられないまま、卒業してしまうし。……会津くんの言うとおり、アフターケアまでが『セット』だった。からかいっぱなしじゃ、カッコ悪い。『ごめんなさい』を言うのも――先輩としてのケジメ」
秋色の葉っぱが、そよそよと吹く風に流されていく。
「……でも、やっぱり、調子乗りすぎだったのかも。カッコ悪いや、わたし」
痛い。いまの加賀くんと……同等に。
「憧れの存在なんて、スターなんて、ぜんぜんそんな域じゃないよね。自虐でも……なんでもなく」