麻井律(あさい りつ)。
桐原高校3年。
女子。
× × ×
昼休みのチャイムと同時にすぐさま教室を抜け出し、旧校舎へと急行。
KHK(桐原放送協会)の根城(ねじろ)たる【第2放送室】のカギをあける。
そしてアタシは、ミキサーのスイッチをちからを込めてグッと押すのだ。
「こんにちは旧校舎の皆様、昼休み、いかがお過ごしでしょうか?
短い時間ですが、きょうも『ランチタイムメガミックス(仮)』にお付き合いください。
あらためまして、KHKの麻井です。
~旧校舎での貴重なお昼のひとときを貴方とともに~
それではまず番組に寄せられたお便りを紹介しようと思います。
ラジオネーム『麒麟が光秀』さん。
『中学生以来、大河ドラマを毎週欠かさず視聴しています。
その影響か、本棚が歴史小説と時代小説で埋まってしまいました。
麻井さん、歴史小説や時代小説を愛読する高校生は、もうすでにオッサンなのでしょうか?
それと、麻井さんが好きな歴史小説があったら、教えてくださるとうれしいです。』
なるほど……。
歴史小説・時代小説を愛読する高校生は、オッサンなのか。
それと、ワタシの好きな歴史小説について――。
『麒麟が光秀』さんは、2つ訊きたいことがお有りなのですね。
順番にお答えしましょう。
まず、歴史小説時代小説といってもピンからキリまで存在すると思うのですが――、
(中略)
それでは旧校舎の皆さん、午後もがんばりましょう。
本日のラストナンバー、レッド・ホット・チリ・ペッパーズの~~」
× × ×
放課後。
ふたたび【第2放送室】。
あさってとしあさっての『ランチタイムメガミックス(仮)』の構成を考えていると、アタシのところに新入りの羽田利比古が近づいてきた。
「なに」
「あの……質問があります」
「『あの』は、いらない」
「あの……ごめんなさい」
口癖を直さない人間は嫌いだ。
ただ…羽田はまだ入学してきたばっかりなので、「矯正」のし甲斐があって、楽しくなる。
「会長はこの旧校舎限定で昼休みのラジオ番組を放送しているんですよね」
「悪い?」
「いえ……そもそも、先生の許可はとってるのかなー、と」
「許可はとってる」
嘘だろう、と言いたげな表情で羽田は絶句する。
そこでうろたえるな。
「そこでうろたえるなっ羽田」
「は、はい」
あわてて背筋を伸ばす羽田。
ここが軍隊だとしたら、さしずめアタシは軍曹か。
「……もうひとつ、質問というか疑問があるんですけど」
「怒らないから言ってみなさい」
「番組名…『ランチタイムメガミックス』っていう番組名は、しょうじき、変えたほうがいいと思います」
ちぇっ。
怒らないから言ってよ、って言ったの、後悔した。
「(仮)だから。暫定的な番組名だから。いずれ変えるから」
「僕も、『ランチタイムメガミックス』は、ネーミングセンス的に疑問ですね」
クロ(黒柳)が横槍を入れてきた。
「だから変えるって言ってんじゃん」
「いつですか?」
横槍をグイグイ入れてくるクロ。
さしずめ、戦国武将に意見する忠臣ってところか。
アタシ、諌(いさ)められたくないんだけど。
「GW明け。GW明けに新タイトルにする。
それで文句ないでしょ、クロも羽田も」
「承知しました。ですが……」
ですが……じゃないよ、クロっ。
「番組名以外にも、僕にも疑問点があって」
何いってんの、クロ?
主君に謀反(むほん)でも起こしたいわけ??
明智光秀なの???
「番組内でかける楽曲が、時代的に、古い気がします」
「た・と・え・ば?」
「たとえばきょうのラストナンバーだったレッド・ホット・チリ・ペッパーズの曲って、僕たちが生まれたころの曲でしたよね。
第一、レッド・ホット・チリ・ペッパーズ自体が――古くありませんか?」
わかった、
コイツはきょうの放課後限定で明智光秀だ。
「音楽に古いも新しいもない。はい、クロ論破」
「――会長は、Official髭男dismの曲の名前を3曲言えますか?」
はぁ!?
「はぁ!?」
本能寺を燃やすがごとく、クロは話し続ける。
「僕のクラスメイトが不満をこぼしていました。
『旧校舎でよくお弁当食べるから、毎回お昼の放送聴くんだけど、髭男の曲を一度も流してくれない』
と。」
「それがどうかしたの」
「これは別のクラスメイトが話してくれたのですが、『麻井さんは、流行りの音楽を知らないんではないか?』と」
あー。
たしかに知りませんよアタシは。
だれのせいだか知らないけど、流行はわかりませんよ。
だれのせいでもないけど。
だれのせいでもないけど、Mステとか観たことないんだよね。
――番組制作に必要な資質が、Mステを観ることで培(つちか)われるわけでもないでしょ。
Mステだけじゃない、テレビ自体、あんま観ないんだよね。
テレビ観てるばっかじゃ、番組制作できないでしょ。
テレビだけ観ててもだめなんだよ……。
あれ、アタシ脱線している???
「会長の選曲だけでなく、リクエストを募集したらいいと思います」
そう言ってきたのは羽田。
あんたも明智光秀の味方かっ。
「そうすれば、もっとたくさんのひとに、昼休みの放送を聴いてもらえると思います。需要――というんでしょうか? ここはひとつ在校生の『ニーズ』を考慮して、番組のクオリティアップのためにも、流行を取り入れるべきではないでしょうか。そしたら、ゆくゆくは人気が上がって、旧校舎だけでなく新校舎にも放送が――」
羽田、よくもこう、ベラベラとベラベラと。
許さない。
「うるさいっ、口を動かすんじゃなくて手を動かせっ」
ゲンコツで、羽田の頭をグリグリと押さえつける。
手を動かしているアタシ。
畳みかけるように、
「見てばっかじゃ、しゃべってばっかじゃ、番組は作れない!!
手を動かす!!!
肝に銘じなさい、新入り!!!」
そしてそれまで空気のようだった板東なぎさのほうに首を回して、
「なぎさ!! ニュース撮るよ!! スタンバイして」
物静かに読書していたなぎさの文庫本を机からふるい落とす。
「クロ!! ぼやっとしてないでカメラ!!!」
「ぼくも…手伝えますか?」
「知るかアンタなんか」
「ひ、ひどいですよ!!」
知るか、
新入りの羽田のことなんか。
勝手にしろ。
番組制作は羽田が自分で覚えればいいんだ。
あー。
でも。
からだで覚えさせる、って方法があったねえ。
スパルタ教育か。
しごき甲斐がありそうなヤツ。
しごき上げて、黙らせてやる。
GW明けから、デスマーチかな。
楽しみの度合いがぐんぐん上昇してきたので、羽田の見えないところで、アタシはほくそ笑んだ。