晴れて期末テストも終わった。
開放感がある。
午後は授業がないので、のびのびとできる。
旧校舎へ。
枯れた噴水。
豆乳を飲んで、アンパンを食べる麻井先輩は、もう、いない――。
そう思うと、いっしゅん、胸が締め付けられるようになってしまうけれど、
旧校舎エリアに響き渡る板東さんの明るい声で、
我に返る。
ランチタイムメガミックス(仮)が始まったのだ。
「は~~い、なぎさですよ~~、板東ですよ~~、ご機嫌、いかがですか?
まずは、
皆さま、期末テスト、ご苦労さまでした!!
これで、テストの縛(しば)りから、解放!!
きょうの午後からは、思う存分、暴れられますね!!!
あんまり暴れすぎて、大人の厄介にならないように!!!
うまくやるんですよ!!!
――こういうこと言ってるわたしが、大人の厄介になってしまいそうで怖かったりもするんですが。
まあ、羽目を外しすぎない――これは、お姉さんとの、
お・や・く・そ・く。
――お昼の放送でしたね、コレ」
月曜から飛ばしてるなあ、板東さん。
いつものことか。
「ところできのうはホワイトデー、だったんですよねえ」
ま、まずいっ!
たったいま、思い出した!
ホワイトデーだった……。
チョコのお返しをしなければならない相手がいるんだった。
たとえば、あすかさん。
あすかさん、
もしかしたら、怒ってるかもしれない。
きのう、ぼくのほうから、ホワイトデーに関する言及が、いっさいなかったから。
きょう帰ったら、『お返し』をせがまれる危険性も――。
ちなみに、バレンタイン、
板東さんからは、なにももらわなかった。
黒柳さんともども、なにももらわなかった。
「――3月14日がホワイトデーなら、4月14日はブラックデー……な~んちゃって。そんなわけ、ないですよね。
でも、ホワイトデーがあるのなら、ブラックデーだってあったっていいし、ほかにも色に関する――レッドデーとかイエローデーとかグリーンデーとかオレンジデーとかピンクデーとかパープルデーとか、あったっていいとわたしとしては思うんですけど。
……あ、わが国には、『みどりの日』があったか。
これは、灯台もと暗し、でした。
皆さん、『灯台もと暗し』ってことわざ、知ってましたか??」
――知ってませんでした。
× × ×
「きょうのトークの調子はいまいちだったなー。週明けでエンジンかかってなかった」
自己反省する板東さん。
「……そうでしたか?」
「聴いてて思わなかったの? 羽田くん」
「特には……」
「……羽田くんなら、わたしの微妙な調子の『ゆらぎ』に気づいてくれるかと思ってたのにぃ」
「え……」
「……ごめん、ちょっとエロかった、いまの」
「エロい……??」
ところで、授業のない午後は、【第2放送室】で、ガッツリKHK活動である。
ぼく、板東さん、そして黒柳さん、3人そろって知恵を出し合い、よりよい番組を作り上げていくのだ。
「黒柳くん、ウィキペディアはどう?」
ええっ……。
板東さん……いきなり黒柳さんに、ひどい無茶振り。
「『どう?』と言われても……答えにくいよ」
黒柳さんに、同意。
だれだって、答えにくい。
しかし無情の板東さんは、黒柳さんに対し、
「ウィキペディアで、ラジオ番組の研究とか、してきたんじゃないの!?」
たしかに、次作るのは、ラジオ番組だけど……。
「うぃ、ウィキペディアに頼りっきりはよくないと思うんだ、もう高3なんだし」
「話を微妙にそらさないで黒柳くん」
たまらずぼくは、
「たしかに、ウィキペディアは放送関係の記事が異様に充実してますけど、黒柳さんの言うとおり、それに頼りっきりは、なにか違うと思います」
と口を挟む。
「仮に、ウィキペディアで調べた過去のラジオ番組を参考にして、番組を作ったとしても――それはやっぱり模倣で、どこか薄っぺらくって、オリジナリティに欠けるものが出来上がってしまいそうで。ぼくは、ちょっと違うんじゃないかなー、と」
「羽田くん」
若干呆れ加減に板東さんが、
「しゃべるね」
「エッ」
「オリジナリティ、とか、麻井さんが使いそうな、ことばだった」
「エッ」
「……板東さん、ウィキペディアであれやこれや言ってたって、企画が前に進まないよ」
黒柳さんの、助け舟。
「とりあえず、ウィキペディアは、置いとこう」
「……」
スネたように、黒柳さんから顔をそむける、板東さん。
「……オリジナリティ」
「へ?」
「黒柳くんに……オリジナリティなんて、あるの!?」
「どういう……こと」
「どうせ、『こんな番組を作りたい!』とか、考えてこなかったんでしょ。オリジナリティがないから、なんにも思いつかないんだ」
「そんなことないよ」
「どうして否定できるの?」
「考えてきたよ……。ぼくなりに、ない知恵絞って」
自分のカバンから、なにかを取り出す黒柳さん。
自信なさそうな手つきだったけれど、それでも黒柳さんの手には、何枚かに綴(と)じられた、企画書らしきプリントが、握られていた。
「――また、ウィキペディアの、印刷?」
「違うよ。ぼくの考えをまとめたプリントだよ。読んでよ」
差し出す黒柳さん。
差し出されたプリントをチラ見する板東さん。
「どう……? 板東さん」
緊張の黒柳さん、
だったが――、
板東さんは――、
なぜか、大きなアクビをして、
その後……日没まで、黒柳さんにまともに取り合うことはなかったのだった。