【愛の◯◯】「甘いね、アタシ『金八先生』なんか参考にしてないし」

 

放課後、【第2放送室】に行こうとしたら、同じクラスの野々村さんに呼び止められた。

 

「羽田くん、もしかして、『KHK』に入るつもりなの?」

145キロのストレートみたいな尋(たず)ね方だ。

それにしても、KHKの存在、またたく間に、浸透してないか……?

「そうだよ、野々村さん」

ぼくが言うと、

「…意外と物好きなんだね。」

たしかに、ハタから見れば、物好きかもしれない。

自分としては常識人で通したいけれど、そうは問屋がおろさないのか。

「…麻井センパイって、自分のことを『会長』と呼ばせてるって、ほんと?」

「ほんとだよ、野々村さん」

そう言うと彼女は、呆れたような絶句したような表情になる。

「羽田くん」

「んっ?」

「――わたしの兄がじつはここの卒業生で、それで情報が伝わってくるんだけど、

 麻井センパイ――見かけによらず成績優秀で、放送部の甲斐田部長と、テストの点数でも張り合ってるって」

「見かけによらなくないよ」

「!?」

「『見かけによらず』は余計だよ、野々村さん。

 甲斐田部長が成績優秀なのは、まあひと目でわかるけど。

 麻井会長だって、第一印象で、この人は賢いんだろうなあって、ぼくはわかったよ」

「……インスピレーション?」

「インプレッションだよ野々村さん、ファーストインプレッション」

 

ひと呼吸置いて彼女は、

「羽田くんも賢いんだね、きっと…」

そんなことないよ。

「そんなことないよ」

「そんなこと、ありそう。

 お兄さん、がいるの? 羽田くんにも」

「エッどこからそんな噂」

「入学式に大学生のお兄さんらしき人が来てたじゃん。

 わたしは直接見てないけど、『麻井センパイを羽田くんのお兄さんらしき人が懲(こ)らしめてた』って、結構有名になってるよ」

「あ~~」

「あ~~、じゃないっ」

あのー、ぼく早く部活行きたいんですけどね―。

まぁ、いいか。

「ぼくに兄はいないよ」

「えええ、じゃあ入学式に来てたのは?」

「んーっと…」

あ、

説明しにくいぞ、意外と。

「同居人……?」

「ど、どういうことなの!??!」

「あのね、ぼくには兄じゃなくて姉がいるんだ。それで姉とふたりして、アツマさん……入学式に来てた『おにいさん』の邸(いえ)に居候させてもらってる感じで」

「アツマさんは実のお兄さんじゃないんだね」

呑み込みが早くて助かる。

「呑み込みが早くて助かるよ」

「じゃあアツマさんと羽田くんたち姉弟はどういう関係なの?」

うっ……。

鋭い直球で攻めてくる。

「もともと、お互いの親同士が仲良かったんだ」

野々村さんは眼を丸くして、

少女マンガみたい……

 

ぼくは「帰国子女で日本のマンガのことはあまり知らないから…」とやり過ごしたが、

野々村さんの指摘は的を射ており、正直、冷や汗をかいた。

 

 

× × ×

 

 

黒柳巧(くろやなぎ たくみ)さんは2年生男子のKHKの先輩だ。

麻井会長には単に「クロ!!」と呼ばれこき使われているみたいで、かわいそうになってくる。

でも、黒柳さんはKHKの撮影部門を担っていて、カメラを扱えるのは彼しかいない、つまり黒柳さんがいないとKHKの番組制作は成り立たなくなってしまうのだ。

黒柳さんは大きな撮影機材を背負う場面が多いが、そんなに筋力がありそうな体格でもないので、機材を背負う背中が…くたびれて見える。

「持ちましょうか?」とぼくが代わりになってあげようとするのだが、

「ダメ、新入りには触らせられない」と麻井会長の横やりが入り、けっきょく黒柳さんの背中がますますくたびれることになる。

 

麻井会長が【第2放送室】を留守にしているところで、こっそり黒柳さんに、

「会長ズルくないですか? 機材運ぶの、ひと任せにして」

とささやいたことがあるのだが、

「ズルくないよ。

 あんな華奢な体格の人に、重い機材を運ばせるわけにはいかないから」

という返事がかえって来て、なんてこのひとはいいひとなんだろう…! と感動したものだ(KHKに似つかわしくないほどに)。

「それに僕ができるのは撮影までだから。『編集』はね、会長しかできないんだ」

と聖人君子のような黒柳さんは付け加えた。

 

× × ×

 

「金曜日か」

溜め息を吐き出すように、黒柳さんがつぶやいた。

きょうの放課後の【第2放送室】。

なにやら一心不乱に、ニタニタ笑いながら、ずっと大学ノートにボールペンを走らせ続けている麻井会長。

寡黙に読書している、もうひとりの2年生、板東(ばんどう)なぎささん。

黒柳さんとぼくは、1週間の疲れを癒やすように、過去にKHKで制作したテレビ番組を共に視聴している。

感想を言うぼく。

「学園ドラマ…っていうんでしょうか、これは?」

「会長に言わせれば、学園ドラマのパロディなんだよ」

「パロディ…奥が深いですね」

こっちの会話を聴いているのか聴いていないのかわからないが、会長のボールペンを走らせる速度が加速する。

「『3年B組金八先生』って、こんな感じだったんでしょうか?」

「さぁねえ? 僕もじつは観たことないんだ」と苦笑いで黒柳さん。

<金曜日の夜8時枠だから『金八先生』>

という某所で仕入れたマメ知識を黒柳さんに披露しようとしたところ、

会長が、ついさっきまで自分が書き込み続けていた大学ノートをバン! とひっくり返し、

づかづか、という足取りでぼくたち2人に襲いかかった。

「羽田」

「な、なんですか会長っ」

「甘い」

「甘い…なにが?!」

アタシは『金八』なんか参考にしてないの

「でも、黒柳さんが、会長に言わせればパロディだって――いったい、どんな作品を参考にしたんでしょうか!?」

『金八』よりもっともっと前のドラマ。

 

えええええ……。

それ、昭和何年のドラマなんだ!?!?

 

つとめて冷静に黒柳さんが、

「会長は――その、『金八』よりもっともっと前だっていうドラマの映像を実際に視聴して、それをパロったんですよね? 

 じゃないと、パロディとはいえませんよ」

たしかにそうだ。

会長…どんなドラマを…どんな方法で……!

 

だが、しかし。

会長は、『全然なんにもわかってない!!』といかにも言いたげな不満をぼくら2人に示して、

 

観たわけないでしょ

 

 

 

――はぁ!?

ぼくと黒柳さんは、そろって「あんぐり」と口を開けた。

読書していた寡黙な板東さんも、思わず手から文庫本を落とした。