「加賀くん、サッカー部の取材に行こうよ」
× × ×
練習場まで、加賀くんと並んで歩く。
「ごめんね、最近あんまりかまってあげられなくて」
「はぁ? 別にそんなこと気にして――」
「だって、部内で加賀くんの存在感薄かったし」
「存在感が薄かろうが薄くなかろうがどうでもいい」
「これからはもっとかまってあげるね」
「お好きにどうぞ」
加賀くんとサッカー部に行くの、久しぶりだなあ。
きょうは、『特別ゲスト』も来る予定だし、楽しみ――。
とか、思っていたら。
「あのさ」
「なにー?」
「あすかさん、あんた……」
ぶっきらぼうに彼は、
「…あんた、ほんとうに凄かったんだな」
『作文オリンピック』銀メダルのことを、彼は言っているのだ。
わたしの情報はまたたく間に自校関係者のあいだを駆け巡っていた。
ウェブで発表されて、名前がデカデカと出ちゃってるんだから、仕方がない。
朝の通学路の時点で、周囲の視線を浴びっぱなし。
「おめでとう!」と声を掛けてくれる人も。
祝福してくれるのは、素直にありがたいんだけども。
教室に入ったら、瞬時にわたしの周りに人の輪が出来て。
ちょっとした騒ぎだった。
こんなにチヤホヤされるなんて、生まれてはじめて。
――そんな戸部あすかフィーバーぶりに、ちょっと疲れかけていた放課後、部の活動教室に入ったら、
先輩がた3人が――暖かく出迎えてくれて、優しく祝福してくれた。
わたしの居場所は、やっぱりスポーツ新聞部なんだなって、そう思った。
「――ありがとう。加賀くんさっきまで何にも言ってくれないから、祝ってくれないかと思った」
「ごめん」
素直。
「これから、だれかに会うたびに、何かしら言われるかと思うと、緊張を感じるけど」
「なんだそれ。緊張する必要ないだろ。言われてうれしい言葉なら、素直に受け止めればいい」
「――加賀くんの言う通りだね」
よしよし、成長してるね、加賀くん。
× × ×
マネージャーチーフの四日市さんに話を聞く。
会話のやり取りをしながら、メモ帳に記事のキーワードになりそうな言葉を書き取る。
『高校最後の大会』という言葉を書きつけた。
メモ帳から、その『高校最後の大会』という文字が、浮かび上がってきそうに思えてきた。
「……次が、高校最後の試合になるかもしれないから」
四日市さんのコメントが、重々しく響いてくる。
選手にとっても、マネージャーにとっても、3年生は負けたら最後。
「やる前から負けるなんて、ぜんぜん思ってないよ、当然」
しかし、四日市さんの声は、不安が混じっているように思えた。
「前向きに行きましょう。四日市さん」
なぜかレスポンスをしない彼女。
四日市さん、『負けること』『終わること』に怯(おび)えているような――そんな感じがする。
弱い顔になってる。
「勝つ自信は?」なんて、訊けそうにもない。
どうしよう……と思っていると、
「あすかちゃん……自信をちょうだい」
四日市さんがわたしの手を握りながらそう言った。
もはや取材モードではない。
「大丈夫ですよ。きっと勝てますよ。どんなに相手が強くたって」
「大丈夫かなあ……」
「サッカー部だけで闘ってるわけじゃないですから」
「どういうこと……?」
「声援があります。わたしたちが後押しします。
四日市さん、わたし今度の土曜日、応援に行きます。
わたしだけじゃないです――あそこに座ってるわたしの後輩第1号も、応援に行きますから」
加賀くんは退屈そうに石段に座っている。
練習風景を観察するでもなく、わたしと四日市さんのやり取りに耳を傾けているでもなく。
そんな加賀くんを懲(こ)らしめたかったから、
「加賀くん、今度の土曜、特に予定とかないんでしょ?」
「それがどうした」
「…決まり。サッカー部の試合の応援に行くんだよ」
「決まりって……」
「来なさい」
「……」
加賀くんからの反発は特にない。
それどころか、
「…さっきまで、あんたらの会話聴いてたんだけどさぁ」
そうなの。
意外。
「勝負の前から、そんな弱気になるか? 普通。
おれは対局の前に、『負けそう』なんて絶対思ったことねーぞ。
どんな高段者でも。
勝つと思って指すんだよ。
『負けたくない』じゃ甘い。『勝つんだ』って思うんだ。
自分を信じなくてどうすんだ」
「――きょうの加賀くんは、名ゼリフ製造機だね」
「!?」
「あすかちゃん、『対局』って?」
「あー加賀くんは将棋のプロなんです」
「おい! 誤解されるようなこと言わないでくれよ」
構わず、
「――加賀くんが、いいこと言ってくれましたよね」
「そうだね。ありがとうね、加賀くん。わたしにゲキを飛ばしてくれて。
ようやく前向きになれるよ。
土曜日も――その調子で、わたしたちサッカー部を応援してね。
あすかちゃん、将来有望な後輩を持ったね」
× × ×
四日市さんの最後の大会ってことは、
自然、ハルさんにとっても最後、ってことで。
加賀くんの真上の石段に座って、背後から声をかける。
「加賀くん、きょうは特別ゲストが来るの」
「なんだよ、もう取材終わりじゃねーのかよ」
「甘い甘い甘い」
「だれ? ゲストって」
「聞いて喜びなさい。とっっっても美人な年上のお姉さんよ」
「いやそれじゃわかんねーよ」
「アカ子さんなんだよね、あすかちゃん」
意図的に加賀くんの右隣に腰掛ける四日市さん。
もう、空いているのは左隣だけ。
「うわっ」
「そんな驚かなくたって。女子が隣に来ると、落ち着けないタイプ?」
「年上だからだと思いますよ四日市さん」
「――なんだよっ、寄ってたかって」
「そんなこと言わない加賀くん。
ハルさんわかるでしょ? ハルさん」
「ああ、3年の、選手の――」
「わたしが50メートル走のベストタイムを知ってるひと」
「あんたといろいろあったんだってな?」
「バカ!!」
「なんなんだよいきなり!! 突然キレ出すとか情緒不安定かよ」
構わず、
「四日市さん、この子、なんにもわかってないですよね?」
「あすかちゃんに同意」
慎(つつし)みもなにもない、人間関係の機微(きび)というものを何ひとつ知らない加賀くんは、やはり中学4年生だった。
「ハルさんがいるから、アカ子さんは来るの。
アカ子さんがいるから、ハルさんはがんばれるの。
わかる――? 加賀くん」
「いきなりそう言われたってわかんねーよ、だいいちアカ子さんってどんな人なんだよいったい」
「さっき説明したじゃん、とってもとってもとっても美人な年上のお姉さん」
「わたしと同学年のね~」
「そう! 四日市さんと同学年だから高3、年上のお姉さんといっても、ピチピチの女子高生」
「それがどうした! ピチピチの~とか、わけわからねぇ言葉使いやがって」
中学4年生の言葉づかいが汚くなってきた。
ハリセンがあったらお仕置きするのにな……とか考えていたら、
アカ子さんが来た。
「こんにちは、あすかちゃん、四日市さん。
ええと……そこの男の子は、」
『ほんとにとってもとってもとっても美人な年上のお姉さんだ……』
そんな表情で硬直している、中学4年生であった。
「加賀くんです。加賀真裕(かが まさひろ)くん。中学4年生です」
「あら」
絶賛硬直中だから、もうわたしの「中学4年生」発言にツッコむ気力もなさそうだね、彼。
や~れやれ。
左隣が空いていた。
そこに、とってもとってもとっても美人な年上のお姉さんが、優雅に腰掛ける。
つまり、三方(さんぽう)から、加賀くんは年上の女子高生に囲まれている、というわけ。
加賀くんを挟み込むアカ子さんと四日市さん。
背後から加賀くんを見守るわたし。
× × ×
加賀くんを囲んだまま、わたしたちは練習風景をじっと眺め続けていた。
加賀くんにとっては――ちょっとした『罰ゲーム』か。
それとも、逆に――。
――微笑ましいったら、ありゃしない。