【愛の◯◯】思い立ったら、ライブハウス。

 

ソフトバンクホークスが4年連続日本一を達成し、巨人は日本シリーズ8連敗。

世知辛い……。

 

ホークスの勝ちっぷりと巨人の負けっぷりを見届けたわたしは、余韻に浸る間(ま)もなく、自室に戻った。

 

× × ×

 

「夜分遅くにすみません、四日市さん」

通話の相手は、元・サッカー部マネージャーの四日市ミカさん。

『全然いいんだよ。わたし、朝は強いし』

「手短に話しますね」

『うん。お誘い――だっけ?』

「そうです、お誘いしたいところがあって」

『どこ?』

「――実はですね、ライブハウスのチケットが2枚、手元にあるんです」

『ライブ……ハウス……。なんでまた』

四日市さん、音楽はキライじゃないですよね?」

『好きだけど、むしろ』

「芸術科目も音楽選択だって」

『よく知ってるね』

「あした行きませんか」

『きゅ、急だね!?』

「いいじゃないですか、鉄は熱いうちに打て、っていうし」

『そ、それはどーいう』

「だって、四日市さん、受験のことでナーバスになってるみたいだったもん」

 

『どうしてわかるの、あすかちゃん……』

 

四日市さんも、『どうしてわかるの』って言うんだ。

おねーさんみたいだな。

 

「きょうの放課後、わたしたちの活動教室に来たとき、四日市さん、桜子さんの単語集を見ましたよね?」

『う、うん』

「桜子さんの単語集見たとたんに、様子が変わったから」

『――見抜いてたんだ』

「――見抜いちゃいました」

『だってさあ。――一宮(いちみや)さん、あんなにレベル高い単語集、使ってたんだもん』

「それで焦っちゃった」

『そ。

 部活で毎日のように新聞出しながら、学業もちゃんとしてるんだなー、って、打ちのめされちゃったんだ』

 

弱気な声。

 

「いま凹(へこ)んじゃうのはまずいですよ、四日市さん」

『わかってるけど、こう、ヘコヘコとね』

「なおさら、ライブハウスで熱くなって元気取り戻す必要が出てきた」

『…素朴な疑問なんだけどさ』

「ハイ」

『偶然にしては…出来すぎてない?』

「なにがですか」

『ちょうど明日のライブのチケットが、ぴったり2枚あすかちゃんの手元にあるなんて』

「都合が、良すぎるんでは、と」

『ライブのチケットって、そんな都合よく手に入るもんなの?』

「コネクションですよ。わたしバンドやってるから」

『コネにしたって――』

「そこは正直、ブログの事情といったものもありまして」

『――わかった。深くは追及しない』

 

 

× × ×

 

 

観客として、

ライブハウスに来るのは、久々かも。

 

「受験前なのにこんなとこ来てていいのかな」

「いまのうち、ですよ」

「まぁね、まだ11月だし」

「――四日市さん、ライブ観るのがすごく楽しみ、って顔になってる」

「ごまかせないか。」

「きっと――時間を忘れて楽しめたら、もっと前向きになれる」

「そだね、全部忘れて、楽しむよ」

「このブログがフィクションであることだけは、忘れないでくださいね」

「あはは……用意周到だな」

 

× × ×

 

わたしたちのバンドとは、対極。

かっこいい、大人のお兄さん4人。

黒ずくめのコーディネイトで、ヘアスタイルもがっちり決まってる。

V系とかパンクとか、そういうのとは違う。

喩(たと)えるなら、ミッシェル・ガン・エレファントのアルバムジャケットから、4人が出てきたみたいな――。

もちろん眼の前にいるのはミッシェル・ガン・エレファントじゃないけど、

かなり近いイメージ。

音楽性も硬派で、なんというかゴリゴリしてる。

骨太――、

それでいて、稀にポップさが顔をのぞかせるのも、絶妙な塩梅(あんばい)。

 

 

× × ×

 

「どうでしたか」

「すごく、すごく良かったよ!!」

四日市さん、興奮してる。

大成功だった。

「すごく良かったですよね!!」

「わたし受験が終わったら、あのバンドのCD全部買うよ」

「そんなに!?」

「そんなに、だよっ!!」

 

ありがとう――あすかちゃん。わたし、ここに来なかったら、受験、失敗してたと思う

 

安心だ。

そのことばが聞きたかったんですよ、四日市さん。

 

「今度は、岡崎くんと一緒に来たいかな」

 

!?!?!?

 

四日市さん、いま、なんて」

うっそぴょーん

「びっ、びっくりさせないで」

わたし彼氏いるのでしたー

「……初耳なんですけど」

 

 

「でも岡崎くんには感謝してるよ。試合観に行くの嫌だったかもしれないのに、試合終了間際に、あんな大声でわたしたちを叱ってくれて」

「だから、きのう岡崎さんに直接『ありがとう』を伝えたかったんですね」

「当たり。でも肝心の岡崎くん欠席で。伝える機会、なくなっちゃうのかな」

「ありますよ! 機会」

「ほんとう??」

わたしが岡崎さんを四日市さんのもとまで連行させますから

「……物騒だよ、あすかちゃん」