【愛の◯◯】名前で呼びたての、ホヤホヤ

 

早いもので、始業式。

 

半日で終わり、スポーツ新聞部の活動教室へ。

 

 

活動教室に先に来ていたのは、桜子部長と加賀くん。

 

「桜子さん、あけましておめでとうございます」

「あけましておめでとう、あすかちゃん」

彼女は、ペットボトルのお茶を飲みながら、

「きょうはなにをしようかしらね」

「あの…受験勉強…遠慮なく、してもいいんですよ」

「気づかいはうれしいけど、その気づかいだけもらっておく」

「でも…」

「お弁当、食べたら?」

 

わたしはおとなしく自分の席に座った。

そしてお弁当と水筒を机の上に置いた。

ちなみにお弁当は自作(じさく)である。

受験生のおねーさんの負担を減らしたいし、お弁当ぐらい自分で作れる。

 

加賀くんは……卵焼きすら、作れないんじゃないか、という偏見。

現在の加賀くんは、『将棋世界』を一心不乱に読みながら、盤上に駒を並べている。

そんな加賀くんを、お弁当を食べながら観察する。

 

食べ終える寸前に、

「なんだよ、そんなにおれを見るのが面白いのかよ」

加賀くんが気づいた。

動じず、わたしは水筒のお茶をゆっくりと飲んで、

「面白いかも」

「はあ? ふざけんな」

「攻撃的なことばはあまり感心しないなあ」

「……どうせおれは攻撃的だよ」

「自覚……、出たんだ」

笑うなぁっ

「ゴメン……ところで、加賀くんお昼は?」

「もう食った」

「なに食べたの」

「購買で売ってた菓子パン」

「菓子パンの、なに」

「っるせえ」

「当ててあげようか」

「は?」

「――メロンパン」

 

「く……口から出任せ言いやがって」

 

あ~っ。

いきなり正解しちゃったんだ、わたし。

 

ところで、メロンパンって、甘いよね。

 

× × ×

 

「瀬戸さん、来ませんね」

わたしが言うと、

「だれかといっしょにお昼を食べてるんだと思うわ」

桜子さんの爆弾発言が、いきなり炸裂。

「だ、だれかって、まさか」

「――時間の問題だったのよ」

そう決めゼリフみたいに言う桜子さんの横顔は、笑顔。

 

 

午後1時近くになっても瀬戸さんはやって来ない。

部活に遅れてくるなんて、瀬戸さんめったになかったのに。

 

そして、まだやって来ない部員が、もうひとり――。

ふたりともどうしたのかな、と思い始めた矢先。

 

ガラーッ、と勢いよく扉を開けて、

岡崎さんが入室してきた。

 

「悪い、遅くなった」

そう言いつつ、気安(きやす)そうに桜子さんに近づいて、

「ほれ、箱根の記事」

彼女の机にポーン、と記事を置いた。

 

箱根とは、もちろん箱根駅伝のことである。

きのうの中継はわたしも観ていた。

土壇場で、逆転のドラマがあった。きっと岡崎さんの記事も、その逆転劇を中心に書かれているんだろう。

岡崎さんが陸上競技担当なのを今の今まで忘却していたのは秘密だ。

 

「――ずいぶん書いたのね」

「観ながら書いてたし。正月で、書く時間はたっぷりあったし」

「受験勉強の時間を犠牲にしてまで――」

「――これが最後の大きな仕事だと思ったからさ、桜子」

「――あなたらしいと思うわ、竹通(たけみち)くん

 

 

え、

えっ、

ええっ、

 

なにごと――。

 

「桜子さん、いま、なんて――」

思わずわたしは言ってしまった。

桜子さんは平静を保ち、

「わたしは竹通くんの名前を呼んだだけよ」

「だ、だ、だ、

 だからっ、そこですよ、そこ」

「『そこ』ってどこ」

「年が明けたら、いきなり岡崎さんを下の名前で呼び始めて――」

「そうね」

彼女は明るく微笑んだかと思うと、

「たしかに、呼びたての、ホヤホヤね」

岡崎さんに目配せしながら、

「そうよね? ――竹通くん」

『竹通くん』の顔は、わたしからは見えない。

「出来たての、ホヤホヤの、わたしたちの関係――」

「ちょちょちょっと待ってください。心臓に悪いんですけど」

「なんで? あすかちゃん」

「いや……その」

軽く深呼吸してから、

「おふたりは……どんな関係なんですか?」

 

語弊があった。

正確に言えば、

「どんな関係『になった』んですか?」だ。

 

桜子さんはなぜかなにも言ってくれない。

岡崎さんに至っては窓際をずっと眺め続けてる。

 

――加賀くんが、ピシャリ、と駒を打つ音が聞こえた。

そして、

つきあってるんだろ?

と、

無表情に盤上に視線を落としながら、決定的なひとことを言った、言ってしまった。

 

「――加賀も、たまには、やるんだな」

窓際を目一杯(めいっぱい)見ながら、岡崎さんが言う。

「王手飛車取りをくらわされた気分だ」

「たとえが上手ね……竹通くん」

「だろ?」

窓を開け放つ岡崎さん。

換気するのはいいけど、

寒気(かんき)を入れてくるのは、ほどほどにしてください。

 

……というか。

 

え~~~~~っ。

 

岡崎さんと桜子さんが……彼氏彼女に。

いつの間に!?

 

桜子さん、なんにもわたしに伝えてくれなかった。

……仕方ないか、それも。

『竹通くんとつきあいはじめました』って伝えるだけでも、勇気要るもんね。

勇気150%ぐらいじゃないと、打ち明けられないよ。

 

岡崎さんは岡崎さんで、

片想いの一方通行を、どうやって……。

 

年末に、

なにかがあった、

きっとそう。

クリスマスとか、

クリスマスとか。

 

 

 

にしても、めでたい。

年の初めは、こうでなくっちゃ。