「さいきん、KHKに遅れて来ることが多くない? 羽田くん」
板東さんの鋭いご指摘。
「放送部に、ちょっかい出されたりしてるんでしょ」
なんでそんなに鋭いの。
「放送部の子と、イチャイチャするのも……ほどほどにね」
イチャイチャはしていませんっ。
――板東さんにたしなめられっぱなしじゃ、悔しくて、
「板東さんこそ――」
「なによ」
「――ランチタイムメガミックス(仮)のパーソナリティ、もっとちゃんとやったほうが良くないですか」
板東さんは憤慨して、
「わたしはちゃんとやってるよ。いちども放送休んだことないし。羽田くんなんかより、ぜんぜんきちんとしてるもん」
「ぼくは番組本編での板東さんの振る舞いのことを言ってるんです」
「……」
「投げやりっぽくないですか? 10月に入ってから、とくに。フリートークとか、適当にしゃべってる感じだし。おたよりコーナーにしても、おたよりに対するコメントが、雑なことが多いですよね」
…恨みっぽく、板東さんは、
「毎日しゃべってるだけ、立派でしょ。いろいろあるんだよ、3年のこの時期になると。立て込んでるから、ほんとうはお昼休みの放送とかしてるヒマなんかないんだよ。だけどわたしは、リスナーの生徒たちに対する『義理』もあるし、続けないわけにはいかないの」
「だったら、もっとがんばってください」
「…そのことば、そっくり羽田くんにお返しするよっ!」
「どーぞどーぞ!」
「…そんな態度取るんじゃ、KHKも先細りになっちゃうね、たぶん!!」
「なりませんからぁ!!」
……互いに激しくやりあってるのを見かねた黒柳さんが、
「ケンカするだけ元気があるのはいいんだけど、ケンカで時間が過ぎていくのは、もったいないと思うよ」
ギロリとした眼つきで板東さんは黒柳さんを見て、
「ケンカ両成敗とか、言いたいわけ!?」
「ずばり。板東さんも羽田くんも、ひとまず落ち着いて」
黒柳さんに叱られて、ぼくはしょんぼり。
板東さんは、ぼくからも黒柳さんからも眼をそむけて、右の握りこぶしで机をガンッ、と叩く。
「――板東さんは、合宿、楽しみでしょ?」
そう黒柳さんに言われた板東さんは、
「いきなり合宿のこと持ち出して、なにを言わんとしてるの、黒柳くんは」
「いや、ケンカするより、合宿のことについて話し合うほうが、有意義だと思ってね」
ここで説明しておこう。
ぼくたちKHKは、今年も、戸部邸で合宿を行うことになったのである。
今週の土日。板東さんと黒柳さんは、1泊2日だ。
なにをするのかは、まだ決めていない。
「そもそも、言い出しっぺは、きみじゃないか、板東さん」
そうなのである。黒柳さんの言うとおりなのである。
合宿今年もやりたい!! と言い出したのは、板東さんだったのである。
姉に逢いたい気持ちが強いんだろう。
「そうですよ、板東さん主導の合宿なんでしょ?」
黒柳さんに、加勢。
「ぼくの姉が、美味しいごはんを作ってくれるのが、楽しみで仕方ないんですよね?」
「……それだけが、目的なんじゃなくって」
悪あがきのように彼女は突っぱねるけれど、
「正直、ぼくの姉と触れ合いたいっていうのが、目的の半分以上なんでしょ」
と、突っぱねを突っぱね返す。
「板東さん。――姉に対する熱い気持ちを、否定はしません」
「……」
「熱い気持ちを尊重したうえで、合宿でなにができるかどうか、あらためて3人で検討したいんですけど」
「……」
「どうですか?」
……ちからなく、机をコツン、と叩くだけの彼女だった。
× × ×
合宿での活動計画については、明日に持ち越し。
「明日は、もうちょっと発言してくださいね、板東さん。KHKの会長らしく。そして、合宿の発案者らしく」
リアクションがない。
物思いにふけってるご様子だ。
「きいてますかー? 板東さぁーん」
…ゆっくりと顔を上げた彼女は、つぶやくように、
「お邸(やしき)にさ……あすかさん、住んでるよね」
「『住んでるよね』ってなんですか。もともとあすかさんの実家なんですよ、お邸は」
「そこらへんが、複雑な設定だと思うんだけど」
「設定ってなんですか、設定って」
ぼくのツッコミをシカトで、
「あすかさん、わたしと同じ、3年生で……じぶんの高校で、伝説を作ってるって。現在進行形で」
「でっ伝説ッ!?」
「情報が入ってきてるんだよ。あすかさんは、違う高校なんだけど――たとえ他校の女子だったとしても、あそこまで伝説作ってたら、イヤでも耳に入ってくる」
「伝説って……なんのことですか? いったい」
「羽田くん、あすかさんと同居してるのに、カンが鈍くない?」
「……」
「伝説その1。作文オリンピック銀メダリスト。
伝説その2。校内スポーツ新聞を、高校生とは思えない分量と頻度で、発行している。
伝説その3。ロックバンドでギター弾いてる。高校から始めたとは思えない演奏力で、この前の自校の文化祭も――」
「……『伝説作ってますよ』的な雰囲気は、感じないんですけどね」
「わかんないの!? 同居してるから、却(かえ)って!?」
「……そんなにスゴいんですかね、彼女は」
「だから、現在進行形で、伝説なんだってば」
「つまり、『尊敬』ってことですか? 板東さんはあすかさんに尊敬の念を抱いてる、ってことでいいんですか」
――板東さんはどういうわけかニヤニヤしながら、
「ん~、ちょっとちがう」
「あ…ありえなくないですか、伝説だとか、さんざん持ち上げておいて、リスペクトとはちょっとちがうって」
「羽田くんっ」
「え?」
「ジェラシーって、英語でどんなスペルだったっけ? 紙に書いてちょーだいよ」
……黙ってぼくは、差し出された紙に、『jealousy』と書いた。
こんな単語のスペルもわからないようでは……板東さんの受験が、思いやられる。