11月もきょうで終わり――か。
朝、登校したら、一ノ瀬先生と出会った。
一ノ瀬先生とは仲直りできたし、わたしも土日で完全に立ち直ったから、笑顔で「おはようございます」って言えた。
11月も終わりだから、
授業を受けて、部活をする――そんなルーティーンが、なんだか貴重なものに思えてくる。
なにかやり残したこと、ないかしら。
× × ×
帰ってきて、グランドピアノを弾いていたら、アツマくんがやってきた。
「なんか久々だな、おまえがここのピアノ弾いてるの見るのは」
「そう?」
「――うん、いい音色だ」
「わかったふうなこと言うんだから……」
「バカにするな。おれだって少しは聴く耳、鍛えてんだ」
「……それはわかってるわよ。」
「おお?? ずいぶんと素直な」
「ふだん素直じゃなくって悪かったわね」
「ツンデレみたいなこと言うなよ」
なにそれ。
「からかわないで、そんなに笑って」
「――すまん」
「……アツマくんこそ、わりと素直だよね」
「おっ、おれをホメてくれるんだな」
黙って、次の曲を弾き始める。
ある邦楽ロックバンドのアルバム曲を、自分流にアレンジする。
「こりゃまた、抒情的(じょじょうてき)な」
「原曲の曲調からしてそうだったでしょ。アップテンポな曲でもないんだし」
「でもこの曲も相当前だよな」
「10年以上前だと思う」
「でも――おまえは、ひと昔前の曲を、よく弾いてる」
「好みの問題よ。流行はあんまり追わないんだし」
「ファッションとか疎(うと)いもんな」
余計なお世話よ。
また、黙って、次の曲を弾いていく。
「あれ――これ、Mrs. GREEN APPLEの『インフェルノ』じゃねーか」
「どこからどう聴いたってそうでしょ」
「――さっき、『流行はあんまり追わない』って言ってたくせに」
余計なお世話よ。
何度だって「余計なお世話よ」って言ってやるんだから……。
「勉強はいいのか?」
「もう少しだけピアノ。キリがいいところまで」
「ふーん」
「…これも勉強の一環よ」
「ふーむ」
「精神集中。精神集中のため。受験勉強に、立ち向かっていく前に」
× × ×
アツマくんの部屋のテーブルに、受験勉強関連の諸々(もろもろ)を置く。
そしてすぐさま、英文解釈の勉強を始める。
「きょうは取り掛かりが早いんだな」
「もっと真面目にしようって思ったの」
「よしよし。パパ、感心だ」
「パパ言わない」
「あ、そのマーカー、もしかして」
「そうよ。あなたからもらった、誕生日プレゼント。積極的に活用することにしたわ」
「うむうむ。嬉しいぞ、使ってくれて」
「使うのはあたりまえでしょ。……ねえ、アツマくんも勉強したら?」
「…おれと向かい合うと、能率、下がらないか?」
「なにアホみたいなこと言ってんのよ! 逆よ、逆。いっしょに勉強したほうが、捗(はかど)るに決まってんじゃないの!」
「おまえがそう言うのなら」
わたしの向かい側に腰を下ろすアツマくん。
「さ~てなに勉強しよっかな」
「宿題や課題がないならば、本を読んだら?」
「そだな。文学部だから、読書も勉強のうち、だな」
「そのとおりだと思う」
「……いやこれ、流さんが言ってたことの受け売りなんだけど」
「受け売りでも、いいじゃない」
本棚から読む本を選んで、ふたたび彼はわたしの向かい側に戻ってくる。
「あ、メアリー・シェリーの『フランケンシュタイン』だ」
「無難なチョイスだが」
「いいじゃない。立派な英文学よ」
「……愛、おまえきょう何回『いいじゃない』って言った?」
「はあ!?」
「口癖みたいになってるから」
「悪かったわね……語彙力(ごいりょく)なくて」
「『悪かったわね』も、よく言ってるような気がする」
「読みなさいよ、『フランケンシュタイン』……」
× × ×
「ここで一時(いちじ)休憩」
「そうすっか」
わたしは勉強の手を止め、アツマくんは文庫本にしおりを挟む。
背後のアツマくんのベッドにもたれかかって、
「………わたしね。意識を改革しようって、思ったの」
「なぜに」
「入試が迫ってるから。もう1段階、本気の度合いを上げようと思って」
「わかる」
「精神集中のために弾くピアノも、真剣に弾いてる」
「わかる」
「ふたつ、決意したことがあって」
「ほほう」
「ひとつは、『受験が終わるまでゲームセンターに行かない』」
「勉強よりUFOキャッチャーに熱上げてたみたいだったもんな」
「そうだった。だから、これからは我慢する」
「で、ふたつ目は?」
「『年上のひとをからかわない』」
彼は意外なことを言われた感じで、
「それ――大学受験とか、関係なくないか??」
「関係なくてもっ。――調子に乗りすぎたから、反省してるのよ」
「なんか学校であったんか」
「あった。保健室の先生と、ケンカした」
アツマくんには、正直に、あったことを話す。
「痛い目、見たんだな」
「――だから、もう今度は間違わない」
フム……と腕組みして、アツマくんは、
「先生をバカにしないのは大事だな」
「小学生でも知ってることだけど、ね」
「……じゃ、おれのこともからかわないでくれるか」
言うと思った。
そのことばを待っていた、まである。
当然のごとく、わたしはこう、切り返す。
「アツマくんだけは別よ」
――ほら、そうやって、舌打ちしそうな顔にならないの。
「いくら年上でも、アツマくんだけは例外」
「……ま、そう来ると思った」
「例外というか……特別、だから」
動じることなく、納得した顔で、彼は、
「ノロケすぎると勉強に支障があるぞ」
と言ってくる。
ノロケてるわけじゃない。
けれど、わたしはあえて突っぱねない。
突っぱねないし、
それに――、
アツマくんがわたしをからかうのだって、アツマくんの自由だから。