愛が葉山と電話している。
と思ったら、
「センパイが代わってって」
と愛が言ってきた。
「なんだ葉山」
『あのねぇ、きょうの午後3時25分から、なにがあるか知ってる?』
「……どうせ、お馬さんだろ」
『あったり~~』
「有馬記念か?」
『大的中』
「性懲りもねえなぁ」
『だって有馬記念がいちばん大事なレースだし』
「国民的行事、とか言うつもりか」
『そう言っちゃいたい勢いだよ』
「テレビでやるよな?」
『やらないわけないでしょ』
「観てやるよ」
『やった~~~』
「でも、愛に伝えれば、それで済む話じゃなかったか」
『羽田さん、高校生だから…』
「おれだってまだ未成年だが」
『早生まれ、か』
「そうだよ」
『わたしのほうが……少しだけ、お姉さん』
クッ……。
「おれにはむしろ……葉山は『妹』みたいだよ」
『うそっ』
「そんな声出すなっ、ビビるだろーがっ」
『戸部くん……ショックだな』
「……。
有馬記念に、話を戻すが」
『どうぞ』
「どうせ――おまえが買った馬券のゆくえを見守ってくれとか、そういうオチがつくんだろ」
『そのとおり』
「めんどくせーやっちゃな…」
『あとから、戸部くんのスマホに、馬券画像送るから。予想の解説もつけて』
「おまえはおれに競馬を啓蒙(けいもう)したいのか」
『うまいこと言うねぇ戸部く~ん』
おちょくるような葉山の話しぶり。
つきあってられん。
キョウくんは……よくつきあえてるよな……。
キョウくんの前だと、態度も違うのか。
「キッパリと言っておく。ハタチになってもギャンブルはやらん」
『――ま、戸部くん意志固そうだしね』
「えーと、それからだな、」
『?』
「年末年始は、寒いから……体調の変化には、気をつけろよ、おまえ」
『……羽田さんより先に、言われちゃった』
「愛だけじゃなくておれだって心配してるってことだ」
『ありがとう……。』
「いい年越しを」
『戸部くんも、よいお年を』
「ああ。」
『羽田さんを、くれぐれもよろしく』
「はいよ…」
『愛してあげてね……羽田さんの、名前のごとく……』
…余計なっ。
× × ×
葉山の馬券画像が送られてきた。
また牝馬(ひんば)5頭ボックスを買ったらしい。
マイルチャンピオンシップのときと違うのは、『3連複』ではなく『馬単』であるところ。
つまり、有馬記念には牝馬が5頭出走するわけだが――首尾よく牝馬でワンツーフィニッシュとなれば、葉山の馬券は当たる……らしい。
4:ラヴズオンリーユー
7:ラッキーライラック
9:クロノジェネシス
10:カレンブーケドール
14:サラキア
――ふむ。
『今年は牝馬の年だから!! 牝馬が強いから』と葉山のメールには書かれていたが、
「ルメールは……買わなくていいのか?」
× × ×
愛が、ピアノでアジカンの曲を弾いている。
「あら、アツマくんじゃない」
「きょうはなんだか、朝から葉山に振り回されてるみたいだよ」
「有馬記念がどうとか?」
「ハタチになったとたんにお馬さんにのぼせやがって」
「仕方ないでしょ。葉山先輩なんだし」
そんなに愚痴るもんじゃないのよ……と、おれに目配せしたかと思うと、ガンガンアジカンの曲を弾いていく。
「…受験勉強の、ウォーミングアップか?」
「よくわかったわね」
「でもどうしてアジカンなんだ。しかもほとんどが初期の曲」
「なんとなく」
「……ほんとうになんとなく、って感じだな」
演奏の手を止めて、おれの横を向き、少しうつむき加減になる。
微妙な間(ま)があく。
物思い?
なにか気にしてるんだろうか。
気にしているとしたら――、
もしかすると。
「愛……」
「……うん」
「もしや……おとといの夜のこと、まだ引きずってたりする?」
ハッとした顔になる愛。
「……『引きずってる』、っていうのは、少し違うかも。
でも、アツマくん、あんなにわたしに積極的だったから……」
「びっくりさせちゃったか。
邸(いえ)にふたりきりだったから、ついおれもヘンなテンションになっちまって……とか、言い訳ならいくらでもできるけど、
おれは言い訳はしないよ。
悪かった。――ごめんな」
「――素直に、謝りすぎ」
すでに愛は、おれと向かい合いになっている。
「もっと堂々としてよね」
立ち上がって、
一歩一歩おれのほうに近づき、
左肩にぽすん、と顔を乗っけてくる。
まるで――おとといの夜の、再現みたいに。
「――まだ午前11時だぞ」
甘えてくるような声で、
「それが?」
「おとといの……続きでも、したいってのか」
「おバカねぇ、あなたは」
左肩に顔をすりつけながら、
「違うってば。」
「じゃあ、なんでいきなりスキンシップを――」
「――ただ寒かっただけ。あなたであったまりたかっただけ」
「おれは毛布かコタツ代わりか」
「そんなこと言ってない!」
苦笑いしながら答える愛。
「からだがあったかくなんないと、勉強はかどらないもん」
「ありがとう、アツマくん」
そう言って、愛は自分の部屋へと引き上げていった。
残されたおれは、その場にあぐらをかいて、悶々(もんもん)とする。
……愛は、とつぜん甘えてきやがるから、心臓に悪い。
突拍子もないスキンシップを繰り出してくる……。
だけど、
なんだか、
あいつの愛情表現は、ぜんぶ受け入れてやりたくなる。
あいつの突拍子もない愛情表現が、
おれは、好きだ。
…愛の体温が、
ほのかに、残っている。