朝。
「お兄ちゃん、きょう大学ないの?」
「あー。ラッキーなことに、休講でな」
「そうなんだ。」
あすかは笑顔で、
「あんまりダラダラしすぎちゃダメだよ。」
「お、おぅ」
そして邸を出ようとする妹。
なんだかおれはあすかに声をかけてやりたくなって、
「あすか」
と呼び止めた。
ピタリと静止する妹――。
「行ってらっしゃい。気をつけてな」
照れ顔であすかは、
「ありがとう。行ってきます」
× × ×
なんだか、前より、きょうだい同士、お互いに仲良くなれたような気がする。
でもまたケンカするんだろうな。
そういうもんだ。
× × ×
それはそうと、きょうは夕方に葉山がやって来るのだった。
もちろん、愛に会うために。
ただ、愛が帰宅してくるより少し早く、葉山は邸にやって来た。
「申し訳ないね、時間守れないね、わたし」
居間で、葉山とおれは向かい合っている。
「遅刻するよりマシだろ?」
「そうかなぁ」
「そうだよ」
「……優しいね、戸部くんは」
葉山のことばが、嬉しくなくはない。
冷たいお茶をグラスに入れて、居間に戻ってきた。
葉山がダルそうにソファーにもたれかかっている。
ちょっとしたことで調子崩しそうだしな、葉山。
とりあえず、「お茶飲むか?」と訊いて、様子を見る。
「ありがと……」とは言うものの、
「……大気が不安定だと、なんか調子狂っちゃうね」
やっぱ葉山、ダルダルだ。
「季節の変わり目だからな。でもさ、」
「うん……」
「そんな遠慮しなくても、いいと思うぞ」
「遠慮するって、ど、どゆこと」
焦り気味に葉山は言うが、
「気分悪そうだから、おまえ」
「どうしてわかるの、戸部くん……」
あーあーしょうがないやっちゃ。
「バレバレ」
「そうねぇー、すっ睡眠不足だったし、季節の変わり目でもあるし、体調良くはないかも」
「――よくがんばったな」
「なにを!?」
「ここまで来るのを。決しておまえんちから近くはないだろ、ここ?」
「たしかに――わたしがんばったし、がんばりすぎたかもしれない」
「横になってもいいんだぜ、遠慮せんと」
「ここに?」
「ここに。タオルケット持ってきてやるから」
× × ×
葉山を寝かせて、タオルケットをかけてやる。
「ついでに枕も持ってきたぞ。要るか?」
返事の代わりにコクンとうなずく。
「ま、ゆっくりしてろよ。
愛が帰るまで時間あるし。
母さん呼ぶから、面倒みてもらえ」
また、返事の代わりにコクンコクンとうなずき、
「ありがとう…」と小声で言うのだった。
「戸部くんに、助けられちゃった」
「応急処置みたいなもんだが」
「イザというときに、頼りになる。
かっこいいよやっぱり戸部くんは」
べた褒めされても。
「べた褒めされてもなあ。
それにキョウくんは、おれより何倍もカッコいいだろ?」
「どうしてそこでキョウくんを引き合いに出すのっ」
「ほ〜ら否定しない」
「意地悪。
そうよ、キョウくんは意地悪じゃないし、戸部くんもかっこいいけど、全然キョウくんのほうがかっこいいんだから」
やれやれ。
突っぱねられちまったな。
とりあえず、母さんを呼んで、葉山の世話役をバトンタッチしてもらうことにした。
× × ×
しばらくたって、居間に戻ってみたら、もう愛が帰ってきていて、葉山も起き上がっていた。
「アツマくんタイミング悪い」
「なにがだよ」
「せっかく先輩と話が盛り上がってたのに」
「おれに聞かれると不都合なのか」
「……どうだっけ」
「なんじゃあそりゃー」
顔色が良くなった葉山が、
「せっかくだから、3人でこの話、盛り上がりましょうよ」
「どういうこっちゃ葉山」
「そうですねぇ、アツマくんいたほうが絶対楽しいし」
「どんな話題なんだ……ったく」
「座ってよ、戸部くん」
葉山が促すので着席した。
もうすっかり回復してる。
HPもMPも。
母さんの面倒見がよかったんだろう。
「戸部くんごめんね、迷惑かけちゃって」
「迷惑?」疑り深そうに、愛がおれの顔を見る。
「戸部くんに看病してもらったのよ」
「看病!?」
「大げさだぞ葉山。おれはただタオルケットと枕を提供しただけだ」
「でも、戸部くんの気くばり――うれしかったから。
元気になったの、戸部くんのおかげ。
――ありがとう」
愛はおれと葉山を交互に見て、
「ズルい」
「ごめんね羽田さ〜ん、ズルくって」
「先輩だけズルい、わたしも看病してほしい」
「はぁ? おまえは年中無休でスーパー元気だろうが。いつでもフル回転――」
「そういうところでアツマくんはデリカシーないよねぇ。先輩もそう思いません?」
「たしかに」意地悪っぽく葉山が愛に加勢した。
「詰めが甘いのよアツマくんは。あと一歩手前のところで」
「たしかに。戸部くん肝心なところでちょっぴりしくじっちゃうのよね」
「ねーっ先輩」
「割りと意地悪だし」
「言えてる言えてる」
あのなー。
ホントに意地悪なのはどっちだよ、って感じなんですけど。
可愛げがねぇ。
ある意味、愛らしいし、葉山らしいと、言えなくもないんだけども。