「おはよう藤村。さっそくだが、おまえには働いてもらうぞ」
「え……働くって、どういう?」
「葉山のお誕生日会の準備だ。おまえ、お誕生日会のために、泊まりに来てたんだろ?」
「たしかにそうだけどさ。……もしかして、料理を手伝え、とか言うの」
「いかにも『料理なんて自信ありませんわたし』って顔してんな」
「だって、愛ちゃんの足手まといになっちゃうよ」
「よーしわかった、それなら料理のほうは愛とおれに任せろ」
「わたしは……なにをすればいいの」
「会場のセッティングをしてくれ」
「セッティング?」
「ほれ、この紙に書いてある通りに、ソファやテーブルを移動させてくれ」
「ひとりでそんな重労働、しんどいよ」
「それもそうだな……わかった、あすかを協力させる」
「あすかちゃんを?」
「――あいつはああ見えても、怪力なんだ」
「怪力って、あんたねぇ……」
「きっと、おまえの助けになる」
「あんたがいちばん体力あるんだから、手伝ってよ」
「そのつもりだ。ただし、料理の下ごしらえが終わったらな」
× × ×
そんなこんなで、おれたちは葉山お誕生日会の準備をひたすらがんばっていた。
「これでよし……と」
会場のセッティング、完了。
葉山をお祝いできる体制が整った。
「よくがんばってくれたな、藤村」
「途中からあんたの手を借りっぱなしだったのがくやしいよ」
「そんなことはない。藤村はよくやってる」
「ほめちぎり……」
「まんざらでもない顔だな」
なにも言わず、ソファにどすん、と座って、
「……はーちゃんのためだもん。そりゃ、がんばれるよ」
「だな。」
「戸部も座りなよ……はーちゃん待とうよ」
「その前に、八木と小泉さんがもうすぐ来そうだがな」
おれは藤村の向かいのソファに座った。
「愛ちゃんは?」
「洗面所に行った。髪に寝グセがないかどうか、とかチェックしたいらしい」
藤村は笑って、
「余念がないんだね。はーちゃんにキチンとしてるとこ、見せたいんだ」
「案外ズボラだからな」
「遠慮なしだねー」
「ひとつ屋根の下だからわかるんだ」
不敵に笑う藤村。
「……そっちのソファ、あんたと愛ちゃんだけで座りなよ」
――けっ。
「あー、最初からそのつもりだった!!」
「なにヤサグレてるみたいなリアクションしてんの」
「ヤサグレてねーよ」
× × ×
……くすぶっているヒマもなく、八木と小泉さんが邸(いえ)にお出ましになった。
八木と小泉さんのふたりは、藤村のほうのソファに着席。
おれと愛は、隣同士で3人に向かい合っている。
「――似合うね、戸部くんと羽田さんのツーショット」
いきなり八木が攻めてきた。
コンニャロ。
小泉さん&藤村も、満面の笑みだ。
「べつに……普通だろ」
「なにが普通なの?」
ニヤニヤと八木が問い詰めてくる。
が、
「アツマくんの言う通りです。これが普通です」
平然として愛が断言する。
「お」と八木。
「おー」と小泉さん。
「おおおっ」と藤村。
おまえら、『お』しか言えんのか!?
「なーに気おくれしてんのよっ!」
愛が、おれの左肩をぶっ叩く。
「八木さん、アツマくんと大学で同じサークルでしたよね?」
「そうだよー。『MINT JAMS』」
「アツマくんのサークルでの挙動はどうですか」
なんだよその質問。
ヘンだぞ。
「挙動」がどうとか。
「普通だよ、挙動。安心して羽田さん」
「よかった。――アツマくん、あなた八木さんにヘンなこと吹き込んだりしてないよね?」
「してねーよ、八木も『普通だ』って言ってるだろ」
爆笑する八木。
ツボにはまるか、こんなやり取りが……。
「藤村さん藤村さん」
小泉さんが、藤村に呼びかけて、
「戸部くんって――どんな高校生だったの?」
「うーん、話すと長くなるんだけどさぁ」
半笑いになりやがって。
この腐れ縁がっ。
「――運動神経は良かったけど、頭は悪かったよね」
はっきり言ってくれるな。
たしかに学業はイマイチだったが、「頭が悪い」って直接的に言われると、人間、怒り心頭になるもんだぞ。
隣の愛は、ニコニコと藤村と小泉さんのやり取りを見ている。
「それから――意外なことに、人気者だった」
「エッ!? そうだったの」
小泉さん――その驚きかたは、いったい!?
「スポーツで目立ってたからねー、しょっちゅう運動部の助っ人に駆り出されてたし。卒業したいまでも、戸部アツマ人気は衰えず」
「すごいじゃん戸部くん!! 卒業してなおも母校に名を残してるなんて」
「名を残してる……のかどうかは……わからない」
しどろもどろにならざるをえない。
「本当にすごいんだよ。戸部が助っ人に加わるだけで、部活の戦力が段違いになるんだもん」
「おだてるなっ藤村っ」
「わかってないなあ戸部」
「は??」
「わたしは、同級生として――戸部のこと、誇りに思ってんだよ」
「それ、どういう……藤村」
「言葉通りに受け取ってあげなさいよ」
と、もう一度おれの左肩を叩きながら、愛は言う。
「いまのやり取り、面白いね」と八木。
「さすが高校の同級生だ。あうんの呼吸」と小泉さん。
「やだなあ~~腐れ縁なだけだよ~」
ああ、そうだな、腐れ縁だな――藤村。
でも、
『誇りに思ってる』って言われたのが、ちょっとばかしでなく、うれしかったのは、ここだけの秘密だ。
× × ×
「ところで葉山、なかなか来ないね」
小泉さんがお誕生日席を見る。
「あ、通知が来てる、『少し遅れる』って」
愛がスマホを見ながら言う。
「少しってどのくらいだよ……アバウトだな」
「アツマくん、なんでそんなにせっかちなの。待とうよ」
「料理が冷めちまうぜ」
「せっかちなのはアツマくんだけよ」
それは本当で、ほかの4人は、葉山が遅れることなど気にしない様子で、ゆったりまったりとしている。
「戸部」
「――藤村」
「はーちゃんが来ても、『遅刻した』って責めないでね」
「――わかった」
「よくわかってるじゃん、少しは頭も良くなったんだ。オトナになったんだ、戸部も」
「――おれがハタチになるのは、まだ先だ」
「関係ないよ」
「――あんがと」
× × ×
愛が、バースデーケーキを切り分けている。
「葉山、メロンソーダを注(つ)いでやるよ」
「自分でやるわよ戸部くん。遅れて来ちゃったんだから」
おかまいなく――といった感じで、コップにメロンソーダを注(そそ)ぎ込む、お誕生日席の葉山。
「わたしにも入れて、葉山」
八木が、自分のコップを差し出す。
「よろこんで」
八木のぶんのメロンソーダを入れて、
「小泉は、なに飲みたい?」
「お、サービスいいね葉山。じゃあわたしはコカコーラ」
「はい」
コカコーラを入れたコップを小泉さんに提供したかと思えば、
「羽田さんは――炭酸だめだよね。コーヒー?」
「コーヒー取りに冷蔵庫行くのめんどいです。オレンジジュースにしておきます」
「りょうかい」
「――遅刻した罪滅ぼしに、なったかな」
「罪滅ぼしとか言っちゃ、やーですよ、センパイ。主役はセンパイなんだから、欲しいものややりたいことがあったら、どんどん言ってください」
「わたしは羽田さんがもてなしてくれるだけで大満足」
「じゃー、もっともてなし尽くしてあげますね」
「くれぐれも、がんばりすぎないでよ」
「はいはい」
「あと――、そのエプロン、かわいいね」
「エッ!? ほんと、センパイ」
「わたしもつけてみたい」
「センパイが、わたしのエプロンを!?」
「だって、体型おんなじようなものじゃない」
× × ×
「――だからって、いまエプロンつけなくたっていいだろうに」
思わずボヤいてしまうおれ。
お誕生日席で、エプロン姿……奇妙だが、奇妙に似合っている。葉山の魔術か。
「うふふん♫」
「自由だねえ、葉山は」と小泉さん。
「そこもはーちゃんの魅力のひとつだね」と藤村。
「葉山、遅れたからには、なにか理由があったんじゃない?」
と八木が問いかける。
「そうよ。ちゃんと理由アリ」
「どんな?」
「馬券買ってきた」
――絶句する八木。
そりゃそーだ。
おれだってビビるぞ。
「ハタチだし、合法よ」
「どこで買ったんだよ」とりあえず訊いてみる、おれ。
「渋谷のウインズ」
「ウインズ???」
「正式には場外馬券売り場」
「……度胸あるな、おまえ」
「そうかなあ? でも戸部くんがそう言ってくれて、うれしい」
「……いくら買ったんだ?」
お父さんに教えなさい……という気分で、訊く。
「1000円ポッキリよ」
「大金使いやがって」
「ひとレースだけだから。明日のね、『マイルチャンピオンシップ』っていうレース」
……お父さんに、馬券、見せなさい。
そういうふうなおれの雰囲気を感じ取ったのか? 葉山が馬券を取り出して、見せてきた。
しかし、
「……さっぱりわからんのですが。『3連複』とか『ボックス』とか」
「あー、無理もないね、説明してあげる」
「手短に……」
「つまりね、この選んだ5頭のうち、3頭がぜんぶ3着以内に入ったら、的中するの」
「ん……、こういうことか、
2番・4番・11番・12番・14番のうち、3つの馬が3着以内を独占したら、この馬券は当たる」
「さすが戸部くん! 理解はや~い♫」
「――センパイの予想の根拠って、なんなんですか?」
なぜか食いつく愛。
「それはね、このレース、牝馬(ひんば)、5頭しか出走してないから。ぜんぶ牝馬で決まったら面白いし、11番の馬や12番の馬が来たら高配当間違いないし」
「それって万馬券?」
「万馬券どころじゃないかも、羽田さん」
「夢がある!!」
な~にが「夢がある」だ、愛のヤロー。
未成年はおとなしくしてろ。
おれも……未成年だけど。
× × ×
レーシングプログラムとかいう冊子に出馬表が載っている。
2:レシステンシア
4:グランアレグリア
11:スカーレットカラー
12:アウィルアウェイ
14:サウンドキアラ
「――なるほど、この娘(こ)たちにがんばってほしいんだな、葉山は」
出馬表を読みながら、どうしようもねえなあ……と思いつつおれはつぶやく。
「管理人さんも、同じ馬券を買うって言ってた」
「――おまえと?」
「わたしと同じ買い目。」
「……」
「憮然キャンドルだ、いまの戸部くん」
「……なにがいいたいのかな」
「ごめん、内輪受け」