金曜の夜は、藤村さんと、
そして、土曜の夜は、葉山先輩と、
入浴。
× × ×
脱衣所。
「……やけに緊張してません? センパイ」
「だって……こういうの、あんまり慣れてないかなー、って」
「昼間の勢いはどこに行ったんですか」
ソワソワする必要なんてないのに。
「中学生でもあるまいし」
そう言ってわたしは上着を1枚脱いだ。
ジト目でわたしを見てくる葉山先輩。
「――脱がなきゃ始まりませんよ?」
そう言って先輩を促す。
なぜか危うい手つきで上着をそろ~っと脱ぐ先輩。
「ねえ」
「エッチなこと……考えてませんよね」
「べつに?」
わたしも先輩も、あと1枚脱げば、ブラジャーをつけているだけだ。
「同時に脱ごうよ」
「……もうっ、ヘンな提案ばかりするんだからっ、センパイは」
構わず、Tシャツをたくし上げるわたし。
「ちょっとまってよ」
「待ちません。なに恥ずかしがってんだか」
「心の準備ができない」
「する必要ありますかっ!!」
ラチがあかないというかなんというか――なんで、
さっさとわたしはTシャツを脱ぎ捨ててしまった。
「あ~あ」
「センパイが悪いんだからね」
「羽田さん……」
ホックに手をかけようとしつつ、
「まだなにかあるっていうんですかっ」
「羽田さん、あなた……」
先輩はあからさまにわたしの胸のあたりに視線を寄せて、
「……高校生だね」
はい!?
「それ、どーいう意味なのセンパイっっ」
「ダブルミーニング」
「わけわかんない。」
わたしの不満をよそに――葉山先輩も、ようやく、脱ぎ始めた。
× × ×
浴場でも先輩はお行儀悪く、
「羽田さん、わたしがシャンプーしてあげよっか? そんなに髪長いんだし」
とか、
「やっぱりわたしたち、胸、おんなじぐらいだよね」
とか、
わたしをからかってばかり。
× × ×
「明日に備えてもう寝ます」
就寝体制に入ろうとするわたしを、
「お勉強は?」
と先輩がジャマしてくる。
「受験勉強ならわたしがいくらでも教えてあげるよ」
「……寝るのも勉強ですから」
「すごい理屈だなぁ」
「センパイがいけないんじゃないの……いろいろ、からかってくるし」
「ツンツンしてる」
「だれのせいでツンツンしてるんでしょーねー」
「……ごめんね」
「もっと謝って」
「……美味しい朝ごはん、作ってあげるから、許して」
「なら早く寝て、早く起きないと」
「電気消そっか」
「おねがいします」
× × ×
――むくりと起きた。
すかさず、カーテンを開き、朝の光を浴びて、自分にスイッチを入れる。
わたしの背後から、
「おはよう羽田さん」
「わっびっくりした」
「びっくりさせてごめん」
素直なのは、いいことだけど、
「ずっと起きてたんですか? もしかして」
「うん。でも不眠ってわけじゃなくって、早朝覚醒ってやつ」
ベッドの横の布団で、先輩は横向きで寝転んでいる。
ぐったりしてる感じもあったから、
「無理しなくてもいいんですよ、センパイに朝ごはん作らせるとか、そんな流れになっちゃってたけど」
『もっと謝って』は言い過ぎだったのかもしれない。
「朝ごはんは作るよ……だれか、手を貸してほしいけど、ね」
「何時に起きたの、センパイ」
「わかんない。まだ夜は明けてなかったと思う」
「もしかして――ずっと後ろ向きなことばっかり、考えてたとか」
「どうしてわかるの、羽田さん」
「センパイ、だるそうだから」
「早く起きたときは――高確率でそうなるよね。ネガティブ・シンキングの、周期的な繰り返し」
センパイを……助けなきゃ。
ベッドから降りて、寄り添いながら、
「ゆっくり起きてください。ゆーーっくり。起きなきゃ、ますます悪循環になっちゃうから」
「よくわかってるね、あなたは……わたしの、メンタルのこと」
スローペースで先輩は起き上がっていく。
「布団からなかなか出られない、出なくちゃ、と思っても」
「でも……わたしが、いるでしょ」
先輩にそう語りかけて、手を差し伸べる。
助けたい、助けたい。
その一心(いっしん)で、
気づいたら……先輩を、ギューッと抱きしめている。
「センパイ、センパイはわたしと繋(つな)がってる……忘れないで」
「大げさだよ」
「大げさじゃないもん、わかってよ」
「うん、わかってる。」
「つらくなったらいつでも呼んで」
「そうする。」
× × ×
ベッドでふたり、並んで座る。
小鳥の声が響いている。
「ねぇ、羽田さん」
「――はい」
「あなたの――『愛』って、いい名前だね」
「……はい。」
× × ×
きょう葉山先輩は、キョウさんに自宅に来てもらって、1日遅れで誕生日をお祝いしてもらう。
だから午前中で、邸(やしき)をあとにしなければならない。
「ごめんね、世話が焼けて」
「いいえ、センパイ」
「いつか、お返ししてあげるからね」
「いつでもいいですよ」
「マイルチャンピオンシップの結果が楽しみだな」
なにそれアツマくん……。
「あなたが馬券買ったわけじゃないじゃないの」
「たしかに」
「未成年でしょっ?」
「おまえもな」
「戸部くん」
「なんだぁ」
「はやくハタチになってね~」
「……2ヶ月くらい待ってな」
念を押したくて、
「あんまりお馬さんにうつつを抜かしちゃやーですよ」
「わかってるよ、羽田さん。わたし実は真面目だから」
「ほんとかいな」
「戸部くんにもいつか、わかると思う」
「なぜそんなに笑う……」
「秘密よ」
「ちぇっ」
「……ま、ともかく、今後ともよろしくね、戸部くんも羽田さんも」
「ああ。待ってるよ」
「待ってますよ、センパイ」
× × ×
「いっけねぇ、忘れてた」
「どうしたのアツマくん」
「葉山が作ってくれた朝飯、『美味しかった』って、ほめてあげるべきだったのに!」
「ほめてあげる、って気持ちがあるだけ――立派じゃない?」
「そうかもな」
さて――。
「次は、さやかをお迎えしないとね」
「今度はさやかさんか。宿泊客が絶えないな」
「3連休だし」
「まあな」
「『ホテル戸部邸』が営業できるんじゃないかしら」
「まぁ……。ウチが宿泊施設みたいなもんだとは、日ごろ思ってるし」
「アツマくん、就職先、ホテルとかどう? 向いてそう」
「まだ先の話だろーが、就活は」
「適材適所って感じする」
「うっせぇ……おれの就活考えるより、おまえの受験を考えろ」
「勉強しろってこと?」
「そうだぁ」
「でもさやかもうすぐきちゃうし」
「ぐっ」
「友だちを待つことも……勉強だと思うわ」
「バカいえっ!」
「ちょっと! いきなりデコピンしないでよ!!」