【愛の◯◯】世界一信頼できるひとが、ふたりになった

夕方

戸部邸

 

「葉山先輩から電話だ」

 

× × ×

 

「もしもしー」

『こんにちは羽田さん。

 元気?

 カゼ、ひいてない?』

「げんきですよー」

『それはよかった。

 いま、なにしてた?』

「読書してましたよ。

 ロジェ・グルニエの『書物の宮殿』って本です」

『いい趣味してるわね』

「そうですかあ?w」

 

『えーと、

 急な要件で電話したわけではないんだけど、

 

 日曜日から、キョウくんの第一志望の入試なの』

「早稲田の建築でしたっけ?」

『そうよ。

 

 なんとかがんばってほしくて、

 それで一昨日(おととい)と昨日、キョウくんの家に泊まりがけで行ってーー』

「それはずいぶんおたのしみでしたねww」

『あのねー💢』

 

「ごめんなさいセンパイからかって」

『あなた結構、根は不真面目よね』

「かもしれませんね」

『…わたしは表向き不真面目なようで、根っこでは真面目だから、逆か』

「いいことじゃないですか」

『真面目なのが?』

「はい。」

 

『あのね。

 真面目だから、ひとに言われたことも真に受けすぎるところがあって、困ることがあるの。

 

 一昨日の夜、キョウくんのお母さんに言われたのよ』

「なんて?」

『これからもずっとキョウくんのそばにいてほしいって』

「いいじゃないですか~!

 親公認ですよ親公認!!

 なんで困ってるんですか?w」

『…急に言われたら、びっくりするじゃない?』

「そういうものですか?」

 

『羽田さん、戸部くんのお母さんにそういうこと言われたことあるの?』

 

「……」

 

『ないでしょ?

 経験がないと、ちょっと想像しづらいかも、だよね。』

 

「……」

 

『ごめんね。

 逆に羽田さんを困らせるようなこと、言っちゃった』

「いいえ…わたしも『親公認』なんて、調子に乗りすぎました、ごめんなさい」

『ごめん…』

「…こっちこそ。」

 

『………』

「………」

 

『……なんだか、気まずいね、電話だと、こういうとき』

「深刻に受け止めすぎないでください、センパイ」

『真面目すぎるのも罪だね』

「いくら真面目でも真面目すぎることはないと思います。

 でも、センパイがーーこう、沈みすぎるのは、ダメだとわたし思うから」

 

『………』

「………」

『……ねえ羽田さん』

「(できるかぎり優しく、)なんですか、センパイ。」

『キョウくんの家は湘南の海に近いの』

「ステキ」

『上の階にあがると、窓から海が見えるの』

「ステキ、ステキ!!」

『そう。

 ほんとうに、すてきよ。

 朝なんか、海がキラキラ光ってるの。

 

 ーーあなたは、湘南とか、行く機会なかなかないかしら』

「そんなことないですよ~」

『え!?』

「わたし横浜ファンなんで、じつはあそこらへんのことは割と詳しいんです。

 むかし、海水浴に行ったこともあるし」

『住んでたの? 近くに』

「そういうわけではないです。でも、神奈川県方面へのアクセスが便利な場所って、案外多いじゃないですか、東京はw」

『ああ…w そゆこと』

 

 

 

× × ×

 

おととし、アツマくんと湘南に行ったことは、

諸事情により、言えずじまいだった 。

 

 

 

あーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ。

 

なんかグダグダだったなー。

尻切れトンボで、通話が終わってしまった感じ。

一瞬、気まずかったし。

センパイからせっかく電話してきてくれたのに。

 

軌道修正、しないと。

アフターケア。

 

× × ×

 

その夜

ダイニング

 

「どうした? 浮かない顔して」

「わかっちゃうよね、アツマくんなら」

「たまには紅茶でも飲まないか? 気分が落ち着くかもしれんぞ」

「そうかしら」

 

× × ×

 

・アツマくんと紅茶を飲む

 

「原因を当ててやろうか」

「浮かない顔してる原因?」

「そうだ。

 

 ずばり、葉山とケンカした」

 

「近い……限りなく近い。

 

 どうして葉山先輩とだって特定できたの?w」

 

「当てずっぽうだよ。

 ただ…」

「ただ?」

「おまえは葉山のことが大事だし、葉山にしたっておまえのことが大事だろ?

 互いにたいせつに思い合っている、ってことだろ?」

 

(うなずく)

 

「そんな関係が少しでもこじれたら、浮かない顔になるに決まってるだろ。

 

 少しだけ、行き違いがあったんだな?

 

 そーだろ?」

 

(両手で持ったマグカップに視線を落とす)

 

「しんみりすんなよな、そんなに。

 

 …アフターケア、したいんだろ?」

 

そうだ。

 

葉山先輩も、気まずく思ってるかもしれない。

 

このままじゃヤダ。

 

だから、だから。

 

 

ーー顔上げて、アツマくんの眼をまっすぐ見て、深呼吸してから。 

 

 

おしえてください、アツマ先生。

 

 アフターケアの方法。

 

 

 

 

こういうときは、アツマくんに頼るのが、いちばんいいんだ。

そうすれば、間違わない。

 

ーーわたしのおとうさんも、そうだった。

世界一信頼できるのが、わたしのおとうさんだった。

 

 

 

ーーいまは、世界一信頼できるひとが、ふたりになっちゃった。

いいよね、『世界一』が、ふたりいたって。