アツマくんのおかげで、やる気を取り戻したわたし。
きょうは夕食当番じゃなかったから、邸(いえ)に帰ってからごはんができるまで、ひたすら勉強。
誕生日プレゼントでアツマくんからもらった文房具が、もったいなくて使えない。
でも、使ってあげなくちゃ、それこそもったいないよね。
ペン立て代わりの大きな空き缶に、アツマくんが選んでくれたシャープペンやボールペンやマーカーを入れた。
勉強の手を少しだけ止めて、その空き缶をうっとりと眺めてみる。
× × ×
『いただきます』
「順調か? 愛」
となりのアツマくんが言う。
「ええ、なにもかも順調よ」
「ひと晩でえらい変わりようだな」
「アツマくんが……辞書、貸してくれたから」
「なんだそりゃあ」
あえて、とぼけてみる。
「――文房具、文房具は、使ってくれてるか」
ぎくっ。
「プレゼントだけど、活用してもらわんことには、な」
正直に言おう。
「ごめん……なんだかもったいなくて、まだ使ってない」
「ケチだなー」
「だって、眺めているだけで、飽きないんだもん」
「そりゃどういう意味だよ」
ふふっ、と小さく笑って、わたしは自分のおかずに箸を伸ばす。
× × ×
夕食後、自分の部屋に舞い戻ったわたし。
もう一度、机の上の、アツマくんがくれたペン類が入った空き缶をじっくりと眺める。
あしたから使ってあげようかな。
あるいは、きょう、このあと、もう。
吟味するようにして、空き缶を見る。
空き缶をクルクル回して遊んでみる。
それからベッドに寝っ転がって、スマホを見る。
もうすぐ8時か。
受験勉強を再開すべきなんだろうが、
その前に。
× × ×
『こんばんは羽田さん』
「こんばんは葉山先輩」
『元気?』
「落ち込んだりもするけど、わたしは元気です」
『もろに某ジブリ映画のキャッチコピーね……』
「丸パクリです」
『認めちゃうんだ。……落ち込むことでもあったの?』
「落ち込むというより、モチベーションの低下。でもいまはもうへっちゃら」
『モチベーションって、受験勉強?』
「はい」
『――わたしが来てあげたほうが、いいかしら』
「そんなに心配しないでセンパイ。でも――」
『でも?』
「お邸(やしき)には来てください」
『やっぱり――教えてほしいの、勉強』
「そういうことではなくってですね」
『えっ?』
「鈍感だなあセンパイも」
『……?』
「お誕生日ですよ、お誕生日」
『あっ……、そうだった』
「センパイの誕生日、11月21日でしょ? わたしと1週ちがい」
『土曜日よね、21日って』
「土曜日なので、わたしがお誕生日会をセッティングしてあげます」
『そんなにがんばらなくていいのよ、受験近いんだし、エネルギーをわたしのお誕生日会なんかに使うよりも――』
「いいえがんばります」
『――言っても、聞かないか』
「センパイがなんと言おうと、わたしはセンパイの誕生日をお祝いしたいので」
『しょうがない後輩だな――でも、ありがとう』
「せっかく土曜日なので、泊まっていきませんか?」
『そうしようかしら』
「ぜひそうしてください」
『楽しみにしておくわ』
× × ×
通話、終了。
ベッドから起き上がって、受験勉強の準備をする。
ノートや参考書や教科書や筆記用具を抱えられるだけ抱えて、部屋を出る。
そして、アツマくんの部屋のドアを、できるだけ優しくノックする。
「――またおれの部屋で勉強するってか」
「そのほうが断然捗(はかど)るから」
× × ×
「今週の土曜日、葉山先輩のお誕生日会するからね」
「邸(ウチ)で?」
「邸(ウチ)でやるに決まってるでしょう。センパイ泊まりがけで来るから、そのつもりで」
「葉山もとうとう20歳か」
「そうよ、アツマくんよりお姉さんよ」
「誕生日が早いってだけだろそりゃあ」
「くやしそう」
「どこが」
「『早生まれはつらい』って顔してる」
「してねーよ」
「あらそう悪かったわね」
「……とっとと勉強始めたらどうなんだ」
葉山先輩は、どこまで行っても、アツマくんのお姉さん――なのかも。
「もう少し葉山先輩の話、させてよ」
「口を動かすな、手を動かせ」
「いいでしょっ、センパイの誕生日ウィークなんだからっ」
「そういう問題じゃねえっ」
「――あのね、センパイ、キョウさんの影響で、『鉄道』が最近マイブームなんだって」
「鉄道? そりゃまたどーして」
「知らないの、キョウさんは将来、鉄道車両のデザインがしたいんだよ」
「キョウくんに、そんな目標が……」
「ちゃんと目標があって素敵でしょ。あなたとは大違いね」
すぐ「図星」って顔になるんだから。
しっかりしなさいよ。
「そんなキョウさんの夢を応援したくて、センパイは鉄道車両のことを調べたりしてるんだって」
「調べるって、どうやって」
「いろいろ方法あるでしょ」
「ネットとか?」
「ネットだけじゃないわよ。鉄道雑誌はいろいろ売られてるし、図書館にだって関連書籍はあるんだから」
「葉山は――勉強熱心なんだな」
「見習ってよ」
「おまえもな」
「――JR九州が面白いんだって」
「きゅ……きゅうしゅう??」
「特急列車の宝庫なんだって。水戸岡鋭治さんっていうその界隈ではとってもとっても有名な人がいて、いろいろ面白そうな列車を走らせてるらしいのよ」
わたしはどこからともなくスマホを取り出して、
「『D&S(デザイン&ストーリー)列車』っていうシリーズがあって、『あそぼーい!』とか『A列車で行こう』とか名前だけでもう楽しいんだけど……アツマくん、『ゆふいんの森』っていう特急、知らない?」
「むむ無茶振りやめろよ!? 知らんに決まってんだろぉ!?」
「列車がすごいかたちしてるのよ」
アツマくんに、『ゆふいんの森』の画像を見せた。
「たしかに、顔が……」と、先頭車両の『顔』に注目するアツマくん。
「ね、かわいくない?」
「かわいい……か?」
「遊び心があっていいと思うでしょ?」
「……遊びすぎな、感じも」
「JR九州のこと、なんにもわかってないなあ」
「いやおまえだってそんなにわかってねーだろっ」
「――賛否両論、あってこそよ」
「JR九州ファンの気持ちを代弁しようとすんなっ」
「感情移入と言ってちょうだい」
「……ひでぇ大脱線だな」
「鉄道だけに」