「――それで、あまりにも弱ってたから、思い切って、彼女の手を握ってあげようと思ったんですけど」
「積極的ね」
「『さわらないでっ!』って言われて、手を引っ込められちゃって」
「拒否られちゃったかー」
「残念でした」
「残念ね」
「まだ、わたしにココロを開いてくれてないみたい」
お邸(やしき)のリビング。
訪ねてきた葉山先輩に、昨日の一件を話しているところ。
昨日の一件とはもちろん、文学部キャンパスで、元気のなかった大井町さんをなぐさめようとしたこと。
「その大井町さんって娘(こ)と、よっぽど仲良くなりたいのね、羽田さんは」
「仲良くなりたいです」
「だから、スキンシップだとか、あの手この手を尽くすわけね」
首を縦に振る。
すると葉山先輩は、
「わたしなら、遠慮なく、さわってくれてもいいのよ?」
と。
「手を握ったって、オールOK」
とも。
わたしの視線はセンパイの手に向かう。
キレイな手。
「それとも、手じゃなくて、もっとキワドいところを、さわってみたかったりする?」
またまたー。
「もーっ、下品ですからー、センパーイ」
「あら」
ニヤつき加減のセンパイは、
「こっちから、あなたをさわったって、いいのよ??」
と言うけど、
「ダメ。スキンシップは、わたしがイニシアティブを取りたいんですっ」
と反発して、それから、急速にセンパイに肩を寄せて、それからそれから……!!
× × ×
ムニュ、とカラダに引っついてセンパイに甘えているわたしを見て、アツマくんがギョッとする。
「おれは……見てはいけないものを、見てしまってるのか」
なにを言ってるのやら。
「スキンシップってだけよ」
わたしはそう主張するが、
「おれのほうが恥ずかしくなっちまうようなスキンシップは、どうかと思うぞ」
「なによそれ!? センパイにカラダを預けてるってだけなのよ、わたし」
「だ・か・ら!! その、『カラダを預けてる』って、ひょーげんがっ!!」
そこまでしてわたしを不機嫌にさせたいの……と思い始めていたら、
「ケンカはやめましょうよ」
穏やかに、センパイに、叱られてしまった。
「言い合うのも、あなたたちらしさだとは思うけど。病み上がりの羽田さんに、激しい痴話喧嘩は、毒だわ」
さりげなく「痴話喧嘩」というワードを繰り出したセンパイから、そっと身を離す。
「それもそうだな。葉山には珍しい、正論だ」
「珍しいってなによ戸部くん」
む~っ、とした顔をアツマくんに向けるセンパイだったが、
「――ま、戸部くんに怒るために、ここに来たわけじゃないんだし」
と、柔和な顔になって、
「怒るんじゃなくて、祝うために来たんだもんね♫」
と声を弾ませる。
「本当の誕生日は22日だから、2日フライングだがな」
余計なことばっかり言うわねアツマくん。
オトナなセンパイは、アツマくんの余計さを全く気にすることなく、
「ボートレースだったら、返還欠場ね♫」
と楽しそうに言う。
「まーた公営競技に結びつけやがって」とアツマくん。
「あなたがフライングって口走るからでしょ」とセンパイ。
「おれは悪くないっ」
「悪いなんて言ってないですーっ」
敢えてコドモじみた話しかたをするセンパイ。
かわいい。
他方、溜め息をついてアツマくんは、
「……ま、たとえ2日早くても、わざわざお祝いに来てくれて、嬉しいよ。ありがとうな、葉山」
「22歳だっけ?」とセンパイ。
「そーだ」と彼。
「わたしのほうが2ヶ月早く、22歳になった」
「そーだな」
「悔しかったりする?」
「は!?」
「わたしのほうが2ヶ月お姉さんだって事実は、変えられないじゃないの」
「……けっ」
「出た。『痛いところを突かれた』っていう気持ちが露骨な、戸部くんの顔」
「うるさい」
「ふふふん♫」
「おれがおまえの弟だなんて、冗談じゃない」
「あらぁ」
「あーのなー。
常日頃、思ってるんだがな。
葉山、おまえのメンタリティは、永遠の18歳だ」
「?? なに、それ」
「いくつになっても、メンタリティが18歳から進歩しとらん、っつーことだよ!!」
「それは――良いの、悪いの?」
「『良い』が3割、『悪い』が7割」
「微妙ね。微妙すぎるぐらいに」
「……。
このまま、歳を重ねていったら。
葉山のことを、妹的な存在どころか、娘的な存在に感じてしまうようになっちまう……!!」
「よくわかんないんですけど~。もっと噛み砕いて~、戸部くん」
うろたえるアツマくん。
約30秒間、うろたえてコトバを喪(うしな)ったあとで、微妙にセンパイから視線を逸らし、
「か、噛み砕こうったって、簡単に噛み砕けるもんじゃないし」
と、弱くなった声で。
アツマくぅん。
答えになってないわよー?
葉山先輩に、完全に白旗ね。
『永遠の18歳』とか、安易に口走るからなのよ~~。