葉山先輩と通話している。
『ねーねー羽田さん、きょうはなんの日か知ってる??』
「なんの日か?」
『そ』
「…ヒントを」
『ヒント? ――動物。』
「動物…」
『わたしが好きな草食動物よ』
「――あ。お馬さん」
「もしかして……、日本ダービーの時期ですか」
『当たり~~』
「なるほど……。めでたい日なんですね、きょうは」
『そうよめでたいのよ。予想が的中すれば、もっとめでたいわ』
「アハハ……」
『ねっ、去年はわたしが単勝当てて大儲けして、羽田さんに美味しいものを食べさせてあげられたじゃない??』
「シャフリヤール……でしたっけ? 勝ち馬」
『そう。シャフリヤールくん。
……今年はどの子が、わたしに幸運をもたらしてくれるのかしら』
「――まだ、本命の馬、決めてないんですか」
『悩んでるの。ある程度は絞ったけど。
あのね。
ダービーでいちばん重要な参考レースは、もちろん皐月賞なんだけど。
皐月賞は……掲示板にのった5頭のうち、4頭が関東馬だったのね。関西馬は3着のドウデュースだけ』
――となると。
「つまり……ダービーでは、関西馬の逆襲があると??」
『まあ、そういう予想のスタート地点なのよね』
「ドウデュースを本命にしないんですか? 唯一掲示板にのった関西馬なんでしょう?」
『無難なのよ、それは』
「無難って」
『ドウデュース本命じゃ、面白くないのよ』
「……面白くなくても、当てるのが先決では」
『プロの予想家みたいなこと言うね、羽田さん』
「……」
『もっと面白そうな関西馬が、潜んでいるはずなのよ……。
荒れてほしいわね、今年の東京優駿……!!』
× × ×
「センパイ」
『なに?』
「なにかに夢中になれるって――すごいですよね」
『??』
「センパイ、ダービーのこと、ほんとうに夢中になって話してた」
『――まあ、好きだから』
「ほら……。なにかに夢中になれること自体が才能って、よく言われるじゃないですか」
『言われるけどねぇ』
センパイは……。
「センパイは……やっぱり、天才なんだ」
『エッ』
「そしてわたしは、凡才……。」
『どっ、どうした羽田さん』
「凡才です。庭のありふれた盆栽みたいに、凡才」
『どうしちゃったのよ。あなたが凡才なわけないでしょ』
「……いいえ」
心配そうな声で、
『そこまで卑屈になっちゃうなんて……なにか、あった?』
「……」
『戸部くんに、無神経なこと言われたとか』
……そうじゃないっ。
「アツマくんは、無神経じゃないですっ!!」
『……そっか。
無神経なのは、わたしだったわね。…ゴメン』
「こっちこそ、すみません。反射的に取り乱しちゃって」
『――うまく行ってる?』
「え。なにが、ですか」
『具体的に、じゃなくって。『もろもろ引っくるめて、うまく行ってるのかなー』って訊きたいの』
困った。
うまく行かないわたしの生活。
うまく行かないアツマくんとの関係。
どっちも、話したくない。
話したくない……から。
葉山先輩の親切を、裏切るみたいだけど。
「わたしなら、順調ですよ」
最低の嘘を……センパイに届けてしまう。
電話の向こうのセンパイが、なにも言ってくれない。
焦って、ついたばかりの嘘を拭うように、
「せ、センパイこそ、どうなんですか!? 順調…でしょうか」
と言う。
苦し紛れに、
「キョウさんと、仲良くやってますか!? …愚問かな。キョウさんと葉山先輩、幼なじみで、それでいて、ベストカップルで――」
『――羽田さん。』
「は、はいっ、」
『落ち着きましょうよ』
「……」
『キョウくんとのノロケ話は、あとでじっくり』
「……」