前代幹事長の久保山(くぼやま)センパイがサークル部屋に来てくれている。
大学院で国文学を研究している久保山センパイ。
短歌をやっている1年生のシュウジくんと、話が合うみたい。
ふたりが国文学トークを繰り広げているところに、わたしも割って入る。
わたしだって生粋(きっすい)の文学好きである。
絶不調だった昨年度が嘘のように、読書する気力と体力が戻ってきているから、割って入って、3人で盛り上がる。
「久保山センパイ、わたし最近『源氏物語』を読んでるんですよー」
「ほおぉ。やっぱり羽田さん、流石だな」
えへへ。
わたしは、わざと自慢っぽく、
「実は、『源氏物語』読むのは、今回が初ではなくって」
「そ、そうなんか……。流石過ぎるな、きみは」
「そう言ってくれてありがとうございます、センパイ」
ここでシュウジくんが、
「あのー、今回で何回目なんですか? 羽田先輩が『源氏』を読むのは」
とクエスチョン。
わたしは、
「まあ、片手の指で数えられちゃう程度よ」
とわざと曖昧にアンサー。
「5回目以内、ってことですか」とシュウジくん。
「そうよ」とわたし。
「たとえ、2回目であっても……『源氏』を一度通読してる、ってことですよね」
「口語訳じゃなくて、原文でね☆」
「……。羽田先輩の読書の幅が広過ぎて、挫折しそうです、僕」
「なに言うの、シュウジくん。あなたはまだ『これから』じゃないの」
微笑(わら)って朗らかに言ってあげる。
シュウジくんの照れた目線が少しだけ逸れる。
「そうだぞ、シュウジくん。今からじっくり勉強していけば、相当なものが身につくと思うぞ」
久保山センパイも、彼にエール。
やっぱり前代幹事長だ。頼もしい。
こうやって、和気あいあいとしていたのだが、久保山センパイの席のそばにあるソファから、やはり院生の日暮(ひぐらし)さんが、ヌウ~ッと身を起こした。
身を起こして、それから、
「クボだぁ」
と言って彼女は、久保山センパイ目がけて、
「どーよどーよ、院は」
と軽く尋ねる。
「おまえこそ」
と久保山センパイ。
「エーッ。法科大学院のこと知ったって、どうしようもないでしょ」
と日暮さん。
「ぐぐ……」
久保山センパイは苦い顔になり、
「お、おまえ、本気で法曹(ほうそう)になる気があるんかいな」
「あるよ。あるある」
「信じられん」
「こうやって、サークル部屋のソファでゴロ~~ンってなってるのが、なによりもやる気がある証拠じゃん」
久保山センパイが頭を抱える……。
× × ×
「久保山くんは、日暮さんにタジタジっていう感じなんだな」
「彼女のマイペースに負けてることが多いわね」
「でこぼこコンビか」
「うまいこと言うわねアツマくん。その通り。でこぼこコンビ。
なんだけど……」
「なんだけど??」
「でこぼこコンビだからこそ、将来が楽しみになるのよ☆」
「す、すぐ色恋(いろこい)的な話に持っていきやがって」
「ダメ?」
「あまり感心しない」
「包容力が無いわね」
「な、無いわけでは、無い」
思わず笑ってしまう。
マンションに帰って、アツマくんと雑談していたところ。
時刻は午後3時を少し過ぎたところ。
ピロン♫ とわたしのスマホの通知音が鳴った。
見てみると、葉山先輩からのメッセージ。
ありがたいメッセージを読んでいく。
そしたら、
「葉山からか?」
とアツマくんが。
「そうよ。カンがいいわね」
「日曜午後3時台ということは、またしても――」
「違うわよ」
「え」
「例年、センパイは、この週は競馬お休みなんだって。G1とG1のあいだの『谷間』の週だから、だそうよ」
「ふうん……。だったら、どんなメッセージを、おまえに?」
「読んであげるわ。
『羽田さん。京都って、いいわよね。
京都競馬場がリニューアルしたのは、もちろん嬉しいけど、その他にもいっぱい。
数多(あまた)の寺社仏閣(じしゃぶっかく)。
渡月橋(とげつきょう)あたりの風光明媚さ。
京都出身の、メンバーがコロコロ変わることで有名なあのバンドの曲も、わたし大好きだし。
最近では京都の和菓子屋を舞台にした『であいもん』っていう漫画とアニメもあったわよね。
大学が多くて、学生の街でもある。
東京大学と京都大学だったら、京都大学の圧勝だとわたしは思うわ。
……先週までの4連続G1レースのどれかを当てられていたら、新幹線で京都に行きたい! って思ってたんだけどな。
ゴールデンウィークに、キョウくんと一緒に、京都に行けたなら、どんなに楽しかったことか……!』」
仏頂面で聴いていたアツマくんが、
「あのさ」
「なによ」
「『キョウくんと一緒に、京都に――』とか、葉山は言ってるけど」
「え??」
「そんなに進展してたんか。あの幼なじみコンビは」
「はい!?」
「な、なんぞ。そこでなぜ、いきなり椅子から立ち上がる!?」
「進展してるに決まってるでしょ!! あなたが思ってる以上に、ラブラブなのよ、あの幼なじみコンビは」
「……『ラブラブ』かよ。
おまえらしくもない、ダサい表現だな」
「お黙りなさい」