【愛の◯◯】「大好きなあんたのためなら無理できる」

 

「29日、大井競馬の東京大賞典

 30日、KEIRINグランプリ。

 31日、オートレースのスーパースター王座決定戦、ボートレースのクイーンズクライマックス――」

『ボカッ』と、マオが殴ってきた。

「マオは暴力をおぼえたのか」

見ると、ムカムカしたような表情で、

「ソースケ、あんたギャンブルのことしか頭にないわけ!?」

「『公営競技』と言ってくれ」

「まだ未成年よね、競馬法守るって、この前約束したよね」

「約束破ってないぞー。有馬記念も、観るだけだった」

有馬記念といえば――、

 羽田愛ちゃんの先輩が、万馬券、当てたらしいよ

 

アツマさんやあすかさんといっしょに住んでいて、なおかつアツマさんの恋人であるところの、羽田愛さんの、先輩――が、万馬券を当てた。

 

「サラキア……か」

「そうそうサラキア。その馬が、万馬券の立役者だったらしくて」

「――クロノジェネシスが主演女優賞なら、サラキアは助演女優賞だな」

「クロノジェネシス牝馬なんだよね。アーモンドアイも牝馬だし、牝馬のほうが強いんじゃないの?」

「グランアレグリアとかな。牝馬しか勝たん状態になりつつあるな」

「女の子が、男子と対等に渡り合える競技って――ほとんどないよね」

「そこが競馬の面白いところだ」

 

にしても、万馬券当てたっていう羽田愛さんの先輩は、いったいどんな買い方したんだろう。

馬単かな?

 

「けっこう身近に、同じような趣味のひとがいるもんだな」

万馬券当てた、愛ちゃんの先輩のこと?」

「そう」

「葉山さんっていうんだけどね、藤(フジ)先輩と仲良しなの」

「ほほお、藤村さんと」

藤村さんは、マオのひとつ前のサッカー部チーフマネージャーだったお人(ひと)だ。

愛さんの先輩ということは、葉山さんはあの超名門女子校に通っていたというわけで、

「藤村さん、どういう接点で、葉山さんと知り合ったのかな」

「――運命的な出会いがあったんだって」

「いつ?」

「ふたりとも高3だったとき」

「どこで?」

「サッカー部の練習場で。偶然練習場のあたりを散歩していた葉山さんに、サッカーボールが飛んできたのが、きっかけだったとか……」

「なんか、話せば長くなりそうな気配だな」

「そうだよ、いろいろあって、仲良くなって――、家庭教師みたいに、葉山さんが、藤(フジ)先輩の受験勉強を教えてあげたりしてたみたい。

 そして、ふたりとも高校を卒業したいまでも――強い友情で、結ばれてる」

「いい話だ」

「ソースケ、葉山さんとお近づきになりたいとか、思った?」

競馬ファンなのなら」

「わたしが葉山さんにあんたを紹介してあげよっか」

「やった~」

「…ただし、あんたがハタチになってからね」

「厳しい…」

 

× × ×

 

「それにしても、競馬からでしか話が広がらないようじゃ、ソースケも先が思いやられるわね」

「すまない……競馬のことばかり、考えてるわけでもないんだが」

「高校で、校内スポーツ新聞出してたときのあんたは、もう少し視野が広かったと思うんだけど」

「成長してないどころか、退化してるのかな、おれ」

「弱気な考えはやめてよ」

「大学に入ったはいいけど、新聞系サークルも出版系サークルも存在してなくってさ」

自分で作ればいいじゃない!

 

訴えかけるような眼で、

マオの気迫が、おれに迫ってくる。

 

「ソースケなら…できるよ。創意工夫あるんだし」

「…人が集まるかどうか」

「やってみなくちゃわからないよ」

「やる前に、よく考えてみないと」

「バカなの!? あんた」

呆れたようなマオは、

「『やりながら考える』に決まってんでしょ!!」

と、叱りつけるように言ってくる。

 

「やりながら、考える……」

人がものを考えるってのはね、なにか行動しながら考えるってもんなの

「……おまえかしこいな」

「悟(さと)ったんだよ。お店で働き始めて。

 飲食店で接客してると、考えてばかりいるヒマなんてないでしょ?

 自然と、動きながら考えるようになったよ。

 考えながら動いてる、とも言えるけど――どっちだっていい。

 とにかく、なにもしないで、ただ考えてるだけ……っていうのは、わたし、なんか違うと思う」

「――いいこと言うなおまえ。

 たしかに、ひとりで考えてると、考えが堂々巡りになって、なにも考えないのと同じになっちゃうもんな」

「だから――ひとり暮らししてるときのソースケが、心配でたまらないんだよ。年が明けて、大学始まったら、またひとり暮らしなんだし」

「大丈夫だ。ひとり暮らししてても、おれは鬱になってない」

「でもソースケは案外、生真面目になったりもするでしょ? いまの大学選ぶときだって、家族会議の連続だったって――」

「ま、それは過去だ」

「……約束、していい?」

「どんな約束?」

「わたしからの、約束……。

 わたし毎日ソースケに電話する。

 一日も欠かさず、電話するから。

 いいよね?

 どんなにお店の仕事で疲れてても、わたし、必ず声を聴かせる」

「……無理してないか? マオ」

うん。無理してる

「おい…」

「無理するに決まってんじゃん!!

 大好きな……あんたの、ためなら」