【愛の◯◯】リクエストと早押しのお時間

 

昼下がり。

 

「ほれ、きのう読まされた本の感想文を書いたぞ、愛」

そう言って、おれは愛にA41枚の感想文プリントを手渡す。

「約束を守ってくれてありがとう」

そう言ったあとで、愛はプリントに眼を通し始める。

素早くプリントに眼を走らせたかと思うと、

「ひとつ、言わせて」

 

? なにを。

 

「あなたって……講義で提出するレポートでも、こんな文章を書いているの?」

 

はいっ??

 

留年しないのが奇跡なレベルね

 

なあっ……。

 

× × ×

 

「あなたの文章力には眼の前が真っ暗になりそうだったけど、感想文を書いてきてくれたことは事実なんだし、お礼にグランドピアノでなにか弾いてあげるわ」

愛はそう言ってリビングのソファから立ち上がった。

 

× × ×

 

…で、グランドピアノのお部屋。

 

「アツマくん。3時のおやつを作ってあげる代わりよ。いいわよね?」

「おうよ」

「じゃ、さっそくリクエストをちょうだい」

「――なら、きのうおまえの部屋で聴いたジャズのアルバムから……」

 

曲名を告げるおれ。

 

「し、シブいわね。まるでハタチじゃなくて30代のチョイス……」

おれは微笑みながら、

「うるさい。

 …リクエストしたんだから、弾いてくれ?」

 

愛は鍵盤に目線を下ろしつつ、

「…わかった。」

 

× × ×

 

いい演奏だった。さすがは愛だ。

 

「ぱちぱちぱち」

「拍手を声に出さなくたって…」

「いいや。出す」

「…次のリクエスト、ちょうだい?」

 

どーしよっかなあ。

なーにがいいかなっ。

 

よし。

 

キャノンボール・アダレイを弾いてくれないか」

「えええっ!? またジャズ!? しかも、レトロな…」

「愛さんよぉ。

 レトロとか、言うけどさあ。

 そもそも音楽に、古いも新しいもあるかい?」

「…それを議論してたら、いくら時間があっても足りない」

「レトロとか古臭いとか、むやみに言うもんじゃない」

「古臭いなんて言わないわよ……わたし」

 

そうでありますか。

 

キャノンボール・アダレイ。できれば、『サムシン・エルス』から」

「……わかった。」

 

リクエストに応え、弾き始める愛。

 

うん。いい音だ。さすがさすが。

 

窓辺から、淡い光が差し込んでくる。

差し込んだ光で、愛の栗色の長い髪が、キラキラと映える。

 

× × ×

 

「ピアノ、お疲れさん」

「ぜんぜん疲れてないわ」

「スタミナお化けか」

「心外ね。スタミナお化けとか…」

「おー、すまん」

「スタミナ無尽蔵はあなたでしょっ」

「そーともいう」

「…どうやったら、あなたをクタクタに疲れさせられるのかしら」

 

グランドピアノのお部屋からリビングに戻る道中。

 

――いきなりピタ、と立ち止まった愛。

 

「なんじゃあ?」

「――ひらめいたのよ」

「ひらめいたぁ??」

「アツマくん。

 わたしと頭脳バトルをしましょう」

 

頭脳バトル??

もしや。

 

「早押しクイズが、したいってか」

「わかるのね。」

「去年の秋、さやかさんとおまえで早押しクイズバトルをやったことがあったが」

「それ、それ。こんどは、アツマくんと、早押しクイズバトル」

「――それ、ハンデが必要じゃね?」

「ハンデぇ!?」

「知力でおれがおまえにかなうわけないだろ。5ポイントぐらいのハンデがほしい」

「……。まあそうかも。冷静になって考えれば」

「あと、出題者はどーすんだ?」

「明日美子さんにお願いするとか」

「母さんは9割5分昼寝中だぞ」

「昼寝中だったら、流(ながる)さん」

「流さん、いま、邸(いえ)に居るか?」

「居るわよ!! なにを言ってるの、バカじゃないのあなた」

「なぬ…」

「どこまで流さんを空気扱いするのよ」

してねーよ

 

× × ×

 

出題者として、流さんがクイズ問題集を読み上げる。

 

スコットランドの首都はどこでしょう?」

 

ピンポーン!!

 

華麗な手さばきで早押しボタンを押し、愛が、解答権を得る。

 

エディンバラ!!」

 

「正解。これで、愛ちゃんが5ポイント到達。アツマと同点」

 

「あっという間に抜かれそうねアツマくん。あなたまだ1回もボタン押せてないし」

「こっからだ」

「根拠のない自信に溢れちゃってぇ」

「なめるなよ」

 

バカにするような眼で見る愛。

 

見てろよっ。

 

「――問題。日本における臨済宗の開祖である栄西が執筆した、茶に関する書としては日本最古と言われる――」

 

ピンポーン!!!

 

流さんが問題を読み上げ終わる前に、素早く早押しボタンを押したのは――おれのほうだった。

 

すかさず、

喫茶養生記!!!

と絶叫する、おれ。

 

「正解」と、流さんは言ってくれる。

 

 

「え……どうしてわかるの!? アツマくん」

「むしろ、おまえはなぜわからない?? 愛」

「わからなかった……!」

「バッカだなあ」

「む、ムカつくっ」

「おいおい。

 ……きのう、仏教に関する本をおれに押しつけて、感想文を書かせたのは、どこのどいつだっ??」

 

打ちひしがれる愛。

ショックなんだな。

 

……この調子だ。

この調子で、愛を負かしてやるぜっ。