目覚まし時計なしで目が覚めた。
5時半を少し過ぎたところ。
よし。
起きよう。
お布団の温もりは、捨てがたいけれど……。
寒い朝にも強いわたし。
パッ、とベッドから脱出できる。
軽く背伸び。
カーテンを開ける。
…カレンダーが、眼に留まる。
きょうは、1月21日。
その右横の1月22日に、大きな花マルがしてある。
…1月22日は、アツマくんの誕生日なのだ。
× × ×
「またきょうも遅起きだったわね、アツマくん」
「フン」
「あなたは、本気を出せば、早起きできると思うんだけどなー」
「……たまには、出してみるか、本気を」
「おっ? その気?」
「あしたは、おれの誕生日だし」
「そーよね。誕生日に早起き! ってのは、いいわよね」
「おまえより早く起きてやろうか」
「できるの」
「できるかもしれん」
「寝起きのお布団はあったかいわよ~?」
「布団なんかに負けてられっか」
「意気込みだけはじゅうぶんね」
「フンッ」
「とうとうあなたも21歳になるのね」
「ああ。愛、おまえと1歳差だったのが、あしたで2歳差になる」
「早生まれって、どう?」
「どうと言われても」
「ほら、葉山先輩に、『わたしのほうがおねえさんだよね~~』ってマウント取られたりするじゃない? 葉山先輩のほうが、誕生日2ヶ月早いから」
「べつに、葉山にマウント取られるとか、気にしてねぇよ」
「そう?」
「あいつは、おれに対して、おねえさん面(づら)することあるけど……むしろ、葉山のほうが、妹に見える」
「へー」
「……」
「アツマくんには、妹的な存在が多いのね」
「……まあな」
「おもしろ~い」
「おもしろがり過ぎんなよな」
「そうね。茶化してるヒマなんてなかった。大学にレポート出しに行かなきゃ」
「はやくいけ」
「いってきます!」
「その敬礼ポーズに意味はあるんか……」
× × ×
昼過ぎに大学から帰ってきた。
リビングのソファでゴロ寝の明日美子さんを発見。
「ただいま帰りました!」
「おかえりなさ~い、愛ちゃん~」
「アツマくん、大学に行きましたか?」
「さっき出たわよ。レポート提出せねば、って」
「入れ替わりみたいになったかー」
明日美子さんが、
「ねえ愛ちゃん、わたしといっしょにコーヒーでも飲まない?」
と言うけれど、
「コーヒーもいいんですけど――その前に、したいことがあって」
と、わたしは、地下書庫の入り口の方角を向く。
「あ、書庫に行きたいのね」
「はい。オッケーですよね? 明日美子さん」
彼女はクスクスと笑いつつ、
「許可なんか取らなくたっていいのにぃ」
「いいえ取ります」
「――なんで?」
「――敬意、かな」
「敬意?」
「書庫に……いっぱい本を遺してくれた、良馬さんへの」
「あら……」
「そしてもちろん、明日美子さんへの……感謝の気持ちも」
× × ×
良馬さん。
アツマくんとあすかちゃんの、亡くなったお父さん。
× × ×
大学教授だった良馬さんは、若くして病気で亡くなってしまった。
良馬さんが所有していた本は、すべてお邸(やしき)の地下書庫に納められている。
地下書庫にある、良馬さんが遺してくれた大量の蔵書のおかげで、わたしは何不自由なく読書ができる。
地下書庫から借りて読んだ本を、わたしは小型ノートにすべて記録している。
何百冊借りたかわからない。
ものすごく地下書庫の恩恵を受けている。
良馬さんには、感謝してもしきれない。
……書庫に入るたび、良馬さんの『魂』が、書庫のなかに宿っているような、そんな気持ちになる。
書庫の本のひとつひとつに……良馬さんが、息づいている。
× × ×
良馬さんの専門だった日本史の関連書籍が詰まった書棚の前で、立ち止まる。
あしたは、アツマくんの誕生日。
だから。
だからわたしは、
「……良馬さん。
あなたの息子のアツマくんが、21歳の誕生日を迎えます。
アツマくんは、立派に成長していますよ。
邸(いえ)のみんなの、支えになって……。
頼もしいです。
頼もしいアツマくんが、わたしは、大好きです。
これからも……この場所でずっと、わたしたちを見守っていてくださいね。
よろしくおねがいします。」
こんな、メッセージを、
書棚に向かって、声に出して、伝える。
「よし……。きっと、伝わってる。」
ひとりごちて、借りた本を携えて、階段に向かっていく。
× × ×
リビングに戻ったら、明日美子さんに、寄り添ってあげよう。
良馬さんのお仏壇にも、行ってみよう。
――階段を上りながら、わたしはわたしのこころに誓う。