「あのさ、愛」
「なにー? アツマくん」
「きのう……。
おまえ、
『わたしが手を貸さなくても、あなたはもうじゅうぶん、美味しい料理を作れる』
みたいなこと、言ってたけど、」
「……言ったっけか、わたし」
「お、おいっ、言った本人がド忘れすんなっ」
「細部が、違うんじゃないの?」
「細部?」
「――ま、いっか」
「な、なにがいいんだよ」
「結局」
「……」
「アツマくんが伝えたいことは、なに」
……。
『手を貸さなくても……』と、愛は言ったが。
「あのな。
手を貸さなくても……って、おまえは言うけど。
借りたくなるときも……あるわけよ。」
だから。
「おまえの手が借りたくなるときが、きっと、来るから……、
そのときは、貸してくれや、手。
料理もそうだけど……ほかにも、いろいろと。」
おかしそうに、眼の前の愛は笑って、
「――照れてるわけ?? アツマくん」
るせえっ。
こいつは、土壇場になってまで、ほんとに……。
「なあ愛。おれをおちょくってる場合か。あしたが、おまえのマンション行きの日なんだぞ」
「そういえばそうね」
「おいコラっ」
「引っ越しね」
「だろ? ――思い残すことはないんか」
「なに言うのアツマくん。定期的にお邸(やしき)に戻ってくるつもりなのよ? わたし」
「そうであっても、だな…」
「ヤダっ、説教モードなわけ」
「そんなつもりは…」
「わたしのほうが、逆にお説教してあげたくなるわ」
コイツ…。
最高に美人な顔で言いやがるから、最高にムカつく……!!
ムカムカしていたスキに、腕を取られた。
愛のお部屋に連行される流れだ。
× × ×
夕飯の前に、愛ちゃんルームで説教された。
そして。
夕飯を挟んで、夜に、また……。
× × ×
「……この土日だけで通算何回、おれをおまえの部屋に連れ込む気なんだ」
「なに言ってんの!? バカね」
「お、おれは、バカじゃない」
「問答無用」
「はぁ!?」
「座ってよ」
とりあえず、カーペットにあぐらをかくことにする。
愛は、ぺたりとじぶんのベッドに腰かけて、真向かいでおれを見ている。
なぜか、静かな時間が経過する。
おれと愛のふたりだけの……、静かな時間が。
くすぐったく、なっちまって、
「なあ、愛。
後ろの本棚……見ても、いいか?」
と言う。
「わたしの顔がキレイすぎて、見つめるのがつらくなっちゃったの??」
「ば…バッキャロ、どこまで性格悪いんだ、おまえは」
卑怯なぐらいの微笑みで、愛は、
「じょーだんよっ。
見たいのなら、いくらでも見ていいから――わたしが読んできた、本。」
× × ×
想い出を、ほじくるように、
「この小説、おまえ好きだったよな」
とか、
「この詩集も好きだったろ」
とか、
棚から本を取り出し、愛に見せつつ、言うおれ。
そのたびに愛は、
「よく憶えてるじゃないの。偉い、偉い」
と、天真爛漫な笑顔で、おれをホメたてるのである。
× × ×
「……ひとしきり、本棚も見ちまったか」
大きな本棚の前に佇み、つぶやく。
その背後から、愛が、
「湿っぽいのは無しよ、アツマくん」
「……?」
「どーせ、近いうちに会うんだからっ、わたしたち。新年度の講義が始まるまでに、デートもしておきたいし。ねえ、お花見デートとか、どう?」
「……」
「……うつむかないでってば。」
おれは、無言。
「さみしいわけ!? そんなことで、この先どーすんのよっ」
――いつの間にか。
愛は。
おれの、背中まで、来ていて。
「今夜は、わたしのほうが…ギューッとしてあげる番、みたいね」
柔らかくて。
温かくて。
そんな、
愛に満たされた、愛の、からだ。
× × ×
「世話の焼けるアツマくんねえ。もう♫」
「…すんません」
「いいのよいいのよいいのよ」
「なぜ…3回繰り返した?」
「なんとなく」
「そうか……」
「さて。
テーブルを挟んで、床座りで向き合ったところで」
「……。
『夜ふかししましょう』って言いたいんだろ。おまえ」
「どうしてわかったの」
「わかるに決まってる」
「あらぁ」
「どんなことを……ご所望だ?」
「楽しいことがしたいわよね」
「それじゃなんにもわからんじゃねーか!!」
「とにかく、楽しいこと」
「ったく」
「それから、それから……」
「…んん?」
「楽しいことより、もっと楽しいこと。」
「ぐぐっ……」
「――ぜったい、エロい妄想よぎったでしょ、あなた」
「よっよぎってない、よぎってるわけない」
「具体的に言ってほしいかしら?」
「ち、ちっ、近づいてくるなあっ」
「だいじょうぶよ」
「なにがだよ、なにがだいじょうぶなんだよ!!!」
「ささやくだけだから、あなたの耳元で。文字になんかするわけないでしょ」
「どこまで行っても変わらんのだな……ひとこと多いのは」