「愛、おまえ、あすかが推薦入試出願したってこと、知ってたんだってな」
「うん、知ってたよ」
「そして、どの大学に出願したかも……」
「知ってた」
「……教えてくれりゃ、よかったのに」
「『おれとおまえの仲だろ』とでも言いたいわけ?」
「……そうだ」
「あすかちゃんが、じぶんから、伝えると思ってたから。だから、わたしは黙ってた」
「……」
「なによ、その不満げな顔」
「……いや、あすかも愛も、イジワルするよな、って」
「ふーん」
「あんまりおれをぞんざいに扱わんでほしいな」
「ぞんざいになんか、扱ってないわよ」
「ホントかいな」
「ま、今回は、気くばり足りてなかったかもしれないわね」
「気くばり、もうちょっとほしかったぞ、おれは」
「そこは、ゴメン。――ところで、」
「?」
「――お醤油取って、アツマくん」
……朝の食卓の風景なのである。
愛が「お醤油」と言ったとおり、きょうの朝飯は、純和風。
ゆとりのある大学生なおれたちは、高校に通学するあすか&利比古を見送ってから、朝飯に手をつけているというわけだ。
「きょう、講義は?」と愛におれは訊いた。
「入ってない。休講も発生」と愛は答える。
「おー、奇遇だな」
「? もしかして、アツマくんも、きょうの講義、ひとコマも入ってないの」
「運良く」
「じゃあ、わたしたち、ふたりとも休日なわけね」
「火曜日なのにな」
「――ねえ。休みの日でゆとりがあるのなら、コーヒー淹(い)れてよ、アツマくん」
「おれに豆を挽かせろ、と?」
「そう。豆挽くところからやって」
「ったく」
「面倒くさそうな顔、禁止」
「わーったよ、わーったから」
おれはしぶしぶ腰を上げる。
――で、ホットコーヒーをふたりぶん作ったわけだ。
「わー、『リュクサンブール』の味がするっ」
「なんだよ、どういうこった、それ」
「だって、『リュクサンブール』仕込みでしょ? アツマくんのコーヒーは」
「……まぁ、バイト先で習ったとおりに、作っただけともいえる」
『リュクサンブール』は、おれが長期休暇期間にアルバイトしている喫茶店である。
おれの知り合いが多数、殴り込み……もとい来訪してくるなか、いまだにいちども、愛が来店してきたことはない。
「こんど、『リュクサンブール』、行ってみようかしら」
「行ってもいいけど、はしゃぐなよ」
「はしゃぎなんかしないわよ。……あ、でもやっぱり、アツマくんがバイトしてる時期に行かないと、おもしろくないわよね」
「おもしろくないわよね」って、なんだよ。
不穏な微笑みかたで、愛はコーヒーカップを両手で持っている……。
× × ×
「これからなにする? 食後の運動でもするか? たとえば、裏庭でバスケの1on1とか――」
「それもいいんだけど」
愛は、コーヒーカップを流しに持っていきながら、
「やっぱり、『音楽と本』よ。からだを動かすのは、それから」
「……順序にこだわるのな。おまえ」
「このブログの名前を思い出して」
『音楽と本、それからそれから……』。
「……そうはいっても、音楽と本にこだわらないエピソードも多い」
「だから逆に、よ。音楽と本っていう、原点に立ち返るの」
「もう後戻りできない気もするが」
「こらっ。そんなネガティブなこと言っちゃダメよっ」
椅子に座り続けているおれを見下ろして、
「わたしはグランドピアノに行くわよ。あなたも行くのよ」
「おれは裏庭バスケに未練が……」
「音楽!」
……言うまでもないが、愛の強引さは、エグい。
× × ×
「アツマくんも、大学のサークルで、音楽的知識をたっぷり吸収してきたはず」
「――なんだ? 楽曲当てクイズとか作曲者当てクイズでも、するつもりなんか?」
「どうしてわかったの」
「おまえ、そういうの好きだろ」
「どうして好きだってわかるの」
「他人の音楽的知識を試すのに、快感をおぼえてそうだし」
「なっ」
「否定、できっこないだろ?」
「……悪かったわね。ひねくれた性格で」
「ま、そういったひねくれも、微笑ましくはある」
「……」
「や、微笑ましいどころじゃないな。おまえのそういう性格も、かわいいと思うし――」
「あ……アツマくん!?」
「――おれは、好きだぞ」
混乱したまま、ピアノを弾き始めた愛。
なんか言ってくれたっていいのに。
おれのセリフが恥ずかしいセリフすぎたか……。
「……この曲! わたしがいま弾いてる曲! ジャズの有名な曲だけど、だれの曲か、わかるかしら!?」
ハハッ……。
わかるとも。
「……」
「どうした? ファイナルアンサーなんだが」
いったん、指を止めてから、
「……正解。大正解」
「お茶の子さいさいだぜ、これくらいは」
「……言ったわね」
「どんどん出してくれや、問題を」
演奏、再開。
「次は、クラシックよ! ……いま弾いてる曲を作曲したのは、いったい、だれでしょう!? 正解したら、昼ごはんのおかず、一品追加」
ふへへ……。
なめてるな。
「……どうしてフルネームで答えたの?」
「音楽的知識があることの証明」
「……なにそれ」
「――昼ごはんのおかず、追加してくれるよな」
「――うん。一品だけよ」
午後からは――読書しようぜ、愛。
『音楽と本』のテーマに則って、過ごすんだろっ?