文学部キャンパスを歩いていた。
そしたら、『漫研ときどきソフトボールの会』2年生の松浦裕友(まつうら ひろと)センパイの姿を発見。
あれっ。
松浦センパイって――。
素通りするわけにはいかないので、立っている松浦センパイに接近していって、声をかけた。
「こんにちは!」
いっしゅん『ビクリ!!』となった松浦センパイ。
わたし、あいさつしただけなのに。
彼は、わたしのほうに、そろ~りと顔を向け、
「……おれがいるのに気づいたのか? 羽田」
「はい。気づきました」
「おれ、そんなに目立ってるのかな……」
なにを気にしてるんだろう。
なんか、ヘン。
それに、
「松浦センパイ、文学部じゃなかったですよね? キャンパス、違いますよね? どうしてわざわざ、文学部のキャンパスまで――」
苦笑いの彼。
焦り、のようなものも感じているみたい。
「――野暮用さ」
いやいや、野暮用って。
「ホントに野暮用ですかぁ!?」
「は、羽田、なんでそんな疑うんだ」
「いまのセンパイの様子を見れば、だれだって疑り深くなると思うんですけど」
本音は、もう少し突っ込んだところが知りたい。
でも、センパイを詰問(きつもん)するのも、かわいそう。
わたしはそこまで性格ブスじゃないんだし……。
「まあ、どうぞ文学部でごゆっくり」
「……」
「わたしはカフェテリアに行ってくるんで」
「お、おう。行っといで」
彼……昼ごはん、どうするんだろう。
まさか……昼食抜きで、待ち人を、待ったりとか……!?
× × ×
きょうのランチも美味だった。
『相変わらず完成度高い親子丼だったね!
わたしが作るのより美味しい親子丼だったから、ちょっと嫉妬しちゃう(笑)
また勉強、教えてあげるからね! 次は、どの教科がいい? 返信、待ってます』
カフェテリアで働く及川太陽くんに、こんなメールを送った。
送信済みを確認したあとで、木製ベンチから立ち上がり、歩き出す。
もしかしたら、松浦センパイ、いまも、同じ場所に立ち続けているんでは……という、予感。
――的中してしまったのである。
さっきとまったく同じ場所に、松浦センパイが立っている。
動いた気配がない。
立ちっぱなしで――疲れないのかしら? すごい持久力。
きっと、だれかを、待ちわびてる……。
そう推理しながら、遠い場所から、彼を眺めていた。
――眺め続けるのも迷惑かな、と思い始めてきたとき。
背後に、ひとの気配。
左肩を、ぽん、と叩かれた。
振り向くと――『漫研ソフト』3年の日暮さんが。
「やあやあ」
「――どうしてここに?」
「暇つぶし」
「わざわざ……こっちのキャンパスまで、遠征ですか」
彼女は法学部。松浦センパイ同様、文学部キャンパスの人間ではない。
「羽田さん。いい場所があるんだよ、いい場所が」
「いい場所って?」
「『かくれんぼ』には、最適なスポット」
『かくれんぼ』と彼女が言った瞬間、これからどんなことが起こるかを、なんとなく把握してしまった。
「……見えてるんですね。日暮さんにも、松浦センパイの立ち姿が」
「わたし視力いいもん」
眉唾なことを言い出す彼女だったが、
「しようよ、『かくれんぼ』。ぜったい面白いものが見れるから、さ」
そう告げて、わたしの手を握る。
言われるがままに、繁みのようなスポットに。
「ほら、腰低くして、羽田さん」
「わたし、罪悪感が……」
「でも、罪悪感とおんなじくらい、好奇心もあるよね?」
「……わかりますか。」
「あったかく見守ってあげようよ、マッツンの恋路(こいじ)を」
ニックネームの天才の日暮さんは、松浦センパイを「マッツン」と呼ぶ。
わたしもなにかニックネームをつけられないか、少し不安……なのはいいとして、繁みから、松浦センパイの様子を眺め続ける。
なかなか待ち人は現れない。
松浦センパイ、驚異的に粘ってる。
数十分が経過し、わたしのほうが粘り負けするんじゃないかと、くたびれを感じ始めていたときだった。
女子学生が、キャンパスに入ってきて、手を振りながら、松浦センパイのもとに歩み寄ったのである!!
とうてい、邪魔してはいけない……雰囲気。
「……どうやって知ったんですか? 松浦センパイの恋愛事情を」
繁みのなかで、日暮さんに訊く。
「匂うのよ」
「匂う??」
「そういう嗅覚があるの。自慢じゃないけど。マッツンは、いちばん匂いやすかった」
「つまり、恋人ができたんだな……とか、そういう気配を察知して……」
「動物的なカンでね」
つよい。
「――いまマッツンと話し込んでるあの娘(こ)は、第一文学部の日本史専攻。出身地は北海道で、日本ハムファイターズの公式ファンクラブに入っていて……」
……強者(つわもの)すぎませんか? 日暮さん。
情報を、完全に、制している……。