【愛の◯◯】勇気を出して、「そこ」に行って、「彼女」から逃げずに。

 

勇気を出して、学生会館に行ってみることにした。

 

× × ×

 

久しぶりのエレベーター。

 

久しぶりのサークル部屋のドア。

 

勇気を出し、ドアノブをひねってみる。

 

『おー、来たか、羽田』

 

正面奥の席に座っていた郡司センパイの声だった。

このサークルも世代交代があって、郡司センパイは新しい副幹事長に就任していた。

副幹事長になったからか? いつもと違う場所に彼は座っている。

 

「来ました。

 この部屋に来るのも……久しぶりですね」

 

そう言いながらも、わたしの注意は……斜め右前の席に向かっている。

 

斜め右前の席には……、

大井町侑(おおいまち ゆう)さん。

 

少しだけ、カラダが強張(こわば)ってしまう。

 

× × ×

 

正面奥に郡司センパイ。

斜め右前に大井町さん。

それから、斜め左前の席には新田くん。

それからそれから、郡司センパイの至近のソファでは…例によって、日暮さんが眠りこけている。

 

郡司センパイと向かい合いになる席に着席。

 

――着席したは、いいのだが。

 

大井町さんの「圧(あつ)」を……濃厚に感じ取ってしまうわたし。

 

まるで……「殺気」みたいな。

 

殺伐とした視線が向けられているような感覚。

 

気のせいじゃない、と思う。

彼女の顔を見るのが、怖くなる。

 

そう。怖い。

 

怖いけれど。

 

…勇気を出して、彼女の顔を見なくちゃ…って、わたしは思う。

 

だって。

ここまで来たんだもの。

この部屋まで来たんだもの。

 

『逃げない、わたし……』とココロの中で呟いて、彼女の顔を見る準備として、息をすうっ、と吸い込む。

 

そしたらば。

 

羽田さん。

 あなた……講義には、出席してるの?

 

という、大井町さんの、先制パンチ。

 

……パンチ、食らっちゃったな。

 

食らっちゃった、けど。

彼女の先制パンチを、わたしは素直に、受け止めて。

 

「まだ、教場には、行けてない」

 

正直に、答えて。

そしてわたしは、大井町さんと、眼を合わせるのだ。

 

大井町さんはキツい眼になり、

 

講義には出席できないけど、学生会館には来れるのね。

 

と…あからさまに挑発的なコトバを、わたしに投げかけてくる。

 

2発目のパンチ。

 

大井町さんの言うことも、もっともだ。

講義には出席できない。でも、学生会館には来ることができる。

筋が通っていないのかもしれない。

だから、通らない筋を彼女が突っついてくるのも…理解できる。

 

わたしは困ったように笑うだけ。

それしか、できない……無力なわたし。

 

……ところが。

 

 

「そりゃないよ、大井町さん」

 

 

なんと。

新田くんが……大井町さんを、たしなめた。

 

 

「講義に出席せずにサークルに来るのは卑怯だってきみは言いたいの? ぜんぜん卑怯じゃないから。少なくとも俺は、羽田さんはなんにも卑怯なことなんかしてないと思うよ。

 かわいそうだよ……羽田さんが。

 この部屋に来るのだって、すっごく勇気が要(い)ったはず。

 そこを……なんで解(わか)ってあげられないのかな」

 

 

なんとなんと、新田くんが、大井町さんを、叱ってる。

 

これまであんなに、大井町さんに凹(へこ)まされてきていた……新田くんが。

 

 

大井町さんは一気に青い顔になった。

まともに、うろたえ。

こんなにうろたえた彼女の姿を見るのは……もちろん、初めて。

 

 

「――おれも新田と同意見だな」

 

言ったのは郡司センパイだった。

 

「副幹事長として、見過ごせない」

 

そう言い、郡司センパイは笑って大井町さんのほうに向く。

笑ってはいるが、大井町さんに対して、完璧にたしなめモード。

 

 

まったくなにも言い返せない、大井町さん。

 

弱りに弱って――、バッ! と席を立つ。

 

『とてもこの部屋に居続けられない、出てしまおう……』

彼女の弱ったココロの声が聞こえてきそうだ。

 

でも。

 

「出ようとしなくたって――いいじゃないの。」

 

寛容のわたしは――彼女を落ち着かせるように、柔らかく、コトバをかけてあげる。

 

 

――だけど、彼女を留(とど)める試みは失敗して、ズンズンズン…と彼女はドアに歩いていき、

ドバン!! 

という音を立てて、部屋から出ていってしまった。

 

 

しょうがないのかな…。

 

とりあえず、

『ありがと、新田くん』

という思いを込めて、新田くんとアイコンタクト。

 

新田くんは、苦笑いで溜め息。

郡司センパイも苦笑いで、頬杖。

 

静寂のサークル部屋に、依然として爆睡中の日暮さんの寝息が響く……。